●社会主義と市場経済のジレンマ
ホーチミン市では共産青年団の新聞「タイニェン」やホーチミン市労働連団の機関紙「グォイラオドン」(労働者)などがある。「グォイラオドン」には「求人」とともに「求職」広告がたくさん掲載されている。求職者は自分の特技や長所を宣伝し、そして希望金額も書いている。平均してだいたい一〇〇ドルくらいを要求している。技術的に自信があるものは二〇〇ドルから三〇〇ドル。企業は、この求職情報を見て電話し面接・採用するのだそうだ。高倍率の競争に勝ち抜き入学した国立大の「情報技術科」を卒業しても就職先を見つけるのは簡単ではない、ということらしい。
経済的活況はベトナムだけではなく、隣国のカンボジアも相当なものらしく、経済的交流が盛んである。多くのベトナム人がカンボジアへ出稼ぎにゆく。ホーチミン市からプノンペンまでは三〇〇キロほど。また、最下層の人民にまで「経済的交流」は及んでおり、近隣のカンボジアからもはるばる歩いて国境を越えて物乞いにやってきて市当局に見つかり、本国に送還される。カンボジアから物乞いにサイゴンに来る人々は恒常的なもので、「今年は何人送還」と報道される。
中国と同じくベトナムも経済的ジレンマの中にある。社会主義とは平等を目指す体制であるわけだが、長いあいだ植民地解放戦争をたたかってきたベトナムには資本の蓄積があるわけもなく、そのままでの社会主義では「貧困の平等」にしかならない。そこで市場の開放をおこなったわけだが、それは経済の資本主義化を促進し、人々の平等を求める意識と連帯感を薄れさせ、個人的利益を最優先する利己主義的傾向を不断に生みだしてゆく。
ベトナムの国家経済全体が上昇してゆくのはいいことだが、その富の分配を政府がコントロールできなければ、社会主義への道は遠のき、少数の「赤い資本家」と多数の貧困に苦しむ人々とを生み出していくことになる。こうした危険は、相対的に資本主義が圧倒的に有利な現在の世界情勢の中で巨大な重圧となってこの小さな社会主義国にのしかかってきている。ベトナムでは、経済政策上の資本主義的リスクは企業ばかりでなく政府・官庁内部にも影響を及ぼしてきており、役人の「汚職」が深刻な問題となっている。ベトナム共産党指導部はこれをどのように解決してゆくのか。
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