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ほりすすむの あめの国のものがたり
第三話 砂の国旅行体験記(3)

赤色土竜新聞第10号 2004.1.5

●戦争博物館の係員

 ぼくはリュネールや教授たちのことが心配になった。あのあと、みんなはどうしているんだろう? 自動車工場破壊はペルセウス秘密同盟のせいじゃないのに、どの新聞でも、あの人たちを犯人あつかいしている。あめの国のひとたちはみんな「砂の国がやらせた」という大統領のことばを信じてるんだろうか? じゃあ、こっちの砂の国の人たちはどう思ってるんだろう? ぼくはその事を知りたくなった。ぼくは年代記をもとの場所にもどすと、受付のところにいって、エリダヌスにたずねてみた。
 「ねえ、エリダヌス。いま、あめの国と砂の国が戦争してるでしょう? そのことを砂の国のひとたちはどう思ってるの? 教えてくれませんか?」
 「そうねえ、ひとくちでは説明できないわ。ここの仕事は5時までだから、よかったらそのあとうちへいらっしゃい? いろいろ教えてあげるわよ。ついでに夕食も食べていって。」「え? いいんですか?」「かまわないわよ。こどもがふたりいるだけだから。でもまだ時間があるわねえ。じゃあ、それまで町を見学してきたら? なにかあたらしい発見があるかも知れないわよ。」エリダヌスはそういうと、市内の地図をコピーしてくれた。「ここが市場。それからここが教会。今朝(けさ)行ってきたのよね。それから、ここが戦争博物館。ここに行ったらなにかわかるかも知れないわ。」
 「どうもありがとう。じゃあ5時にここにもどってきます。」ぼくはそういうと、さっそく外に向かった。
 まずぼくは戦争博物館に行ってみた。そこでたくさんの展示されている写真を見た。壊(こわ)された家、両親(りょうしん)をなくしたこどもたち、けがをして入院している人たちなどたくさんあった。みんな悲しそうな目をしていた。それから展示されている武器や戦車を見た。ミサイルや投下型の爆弾もあった。砂の国製よりも、あめの国製やシロクマ国製の武器がたくさん陳列されていた。
 博物館のあちこちに係員がいて、見物のひとに説明していた。ぼくは係員に聞いてみた。
 「あのー、砂の国には『消滅爆弾』はあるんですか?」すると係員は答えた。「むかし持っていたこともあります。少しのあいだだけね。南の王国が北の王国とたたかっていた時にあめの国がくれたんですよ。それから作り方を書いた詳しい文書や、材料も送ってくれました。しかし、当時、砂の国ではそれをつくる設備(せつび)も技術(ぎじゅつ)もなかったので、つくることはできませんでした。」「あめの国からもらった爆弾はどうしたんですか? まだ持ってるの?」「いや、それは北の国との戦争の時に使ってしまいました。いまはもう無いはずです。」
 「じゃあ、去年あめの国の自動車工場が消滅爆弾で爆破されましたが、あれは砂の国から持っていったものじゃないの?」「さあ、それが不思議なんですよねえ。爆弾は重たいですからねえ。ひとりで持ち運ぶのは無理ですよ。それに、そんなものを船や飛行機に持ち込んだら見つかってしまうんじゃないのかな?」
 「じゃあ、あなたは、あの爆弾が砂の国のものだとは思ってないのですね?」「う〜ん。ぜったいちがうとは言い切れないけど、ちがうんじゃないのかなあ。それに、爆破された自動車工場のすぐ隣に消滅爆弾を造っている工場があるでしょう? そこから盗み出すほうが簡単なのになあ。でも、盗難事件はおこってませんからねえ。」
 ぼくはそのあと、市場へ行ってそこにいるいろんな人に戦争のことを聞いてみた。中には「あめの国なんかひとひねりだ。来るならこい!」と勇ましいことを言うひともいたけど、たいていのひとは迷惑そうだった。みんな、戦争なんかしたくないようだった。だけど、なぜあめの国が攻撃してくるのか、と聞くと、よくわからないみたいだった。


砂の国両軍戦線配置図

●オッフェルトリウム

 そろそろ5時になる。ぼくは通信社ビルの図書資料室へもどった。そこにはアルフェッカも来ていてエリダヌスと笑いながら話をしていた。
 「あら、お帰り。じゃあ行きましょうか。」
 僕が来る前にアルフェッカはエリダヌスとうちあわせをしていて、僕たちといっしょに行くことになっていた。
 エリダヌスの家は通信社ビルから近かった。通りを渡ってからしばらく歩いた。歩く道みち、エリダヌスは結婚してまもなく、夫を戦争で亡くしたことを話してくれた。
 やがて僕たちは石造りの家についた。「ただいま。帰ったわよー!」すると家のなかから男の子がふたり出てきた。「おかあさん、おかえりなさい。」
 ふたりともおおきな目をしていて、おかあさんによく似ていた。ふたごだった。
 「紹介するわね。こっちがナミカンタ。そしてこっちがルテエルよ。よろしくね。ほら、お兄ちゃんにごあいさつしなさい。」「おにいちゃん、いらっしゃい!」どっちがナミカンタでどっちがルテエルなんだか、僕には区別できなかった。
 エリダヌスは僕たちを部屋に通すと夕食のしたくを始めた。それを待っているあいだ、ぼくはアルフェッカと話をしていた。
 「ねえ、教会で、小さなパン切れとグレープジュースを飲む儀式があったでしょう? あれ、何なの?」「ああ、あれ? あれはね。バラ十字教会の大切な儀式のひとつよ。ほんとうはグレープジュースじゃなくてぶどう酒を使うのよ。でもこどもは未成年だからぶどうのジュースを飲ませるの。あれは救い主ペラダンの肉と血をあらわしているのよ。」
 「ぼくたちの世界のキリストのことだね。」
 「ペラダンは、いよいよ最後のお別れのときに弟子たちといっしょに食事をするのよ。そしてひとりひとりにパンをちぎってやりながら、こう言うの…『これを私の肉だと思いなさい』。それからぶどう酒をついで、こう言うの…『これを私の血だと思いなさい』と。」「ふーん。つまり弟子たちは、おなじ救い主の肉と血を分け合うことで、かたく結ばれるって事だ。」「そう。それが大切なのよ。みんなで何かを食べるとか飲むとか、何かいっしょに経験する事で、強い結びつきが生まれるのよ。それを『連帯』っていうの。」「れんたい?」「そう。連帯よ。お互いが『おなじなかまなんだ!』って強く思い込むための儀式なのよ。」
 「あの歌も、それに関係するの?」「グレゴリオ聖歌のことね。そうよ。グレゴリオ聖歌はいくつもあって、それが組み合わさって『ミサ』という儀式のためにつかわれるのよ。まず最初が『イントゥロイトゥス』。言いかえれば『イントロ』よね。それから、このパンとぶどう酒の儀式をするの。これを『オッフェルトリウム』というのよ。そのときに歌われる歌は『クレド』とか『グロリア』。それでね、君がさっき言ってたミラ大統領の言葉だけど。」
 「うん。」
 「たぶん大統領は、サラセン教がきらいなのよ。」
 「へえ…。どうして?」
 「戦争はあめの国と砂の国とのあいだで起こっているでしょう? あめの国の人々はほとんどがペラダン教で、砂の国の人々はほとんどがサラセン教だわ。だから大統領はこの戦争をペラダン教とサラセン教のたたかいだと思ってるんだと思うわ。だから演説の最後にお祈りのことばを言ったのよ。つまり大統領は『ペラダン教徒は連帯しよう!』といいたいのよ。」
 「なるほどね。『れんたい』か。」
 「そう『連帯』よ。でもそれはまちがった『連帯』だとわたしは思うわ。」
 それを聞いて、ぼくは思いついたことがあった。あの地下室のせまい部屋でみんながいっせいに歌をうたったのはもしかしたら……
 「ねえ、いっしょに歌うだけでも『かたい連帯』の気持ちをあらわすことができるんじゃないの?」「もちろんよ。同じうたをいっしょに歌う事で『自分たちは仲間なんだ』って強く思うことができるわ。……なにを考えてるの? 話してごらん?」
 ぼくはあの時「誰にも話さない」って約束したけど、アルフェッカに話すべきなんじゃないかと思った。いま、戦争が始まって、しかもそれが砂の国のせいで、ペルセウス秘密同盟が犯人だと思われているなんておかしい。やはりはなすべきだ。よし、彼女を信じて話してみよう。
 その時、エリダヌスの声がした。「夕食ができたわよ。」


新約聖書 マルコによる福音書
22 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた、「取りなさい。これはわたしの体である」。
23 また杯を取り、感謝の祈りを捧げ、弟子たちに与えられると、全員がその杯から飲んだ。
24 すると、イエスは言われた、「これはわたしの血、多くの人のために流される契約の血である。 25 よく言っておくが、神の国で新しいものを飲むかの日まで、わたしはもう決してぶどうの実から造ったものを飲むことはない」。
(絵はレオナルド・ダ・ビンチ作『最後の晩餐』)

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