●デンデラの町へ
アルフェッカはあめの国から来た報道記者だった。いくつかの新聞社や通信社と契約していて、カメラを片手に戦場から戦場を駆けめぐっている。そして写真をとったり記事を書いて新聞社や通信社に送るのだ。
ぼくは彼女に、不思議な旅行体験のいきさつを説明した。だけど、もちろん、ペルセウス秘密同盟の会合のことは言わなかった。
彼女に聞いて、ここがやはり砂の国だとわかった。でも、このガレキの山を見ると、戦争はずいぶん前から続いているように見える。「ねえ、アルフェッカ。大統領はきのうのお昼のニュースの時に砂の国に大量破壊兵器を差し出すように言ってたんだよ。だから戦争はまだ始まってないと思ってたのに。」「そんなことないわ。ここでは戦争はもう半年も続いてるわよ。あめの国派遣軍は連日爆撃しているし、砂の国の国防軍はずっと抵抗を続けているわ。さ、このあたりの写真はとったから、まちへ帰りましょう。そこで待ってて。いま車をとってくる。」
アルフェッカがガレキの山の向こうに行くと間もなく、車のエンジンをかける音がした。ガレキの陰から車が出てきた。ところどころへこんでいる。屋根にはおおきくルーン文字で「PRESS」と書かれている。「この車が報道関係だって知らせるためよ。飛行機から爆撃されたらたまらないからね。さ、乗って。」
車はでこぼこになった道をガレキをよけながら進んだ。しばらく進むと車は郊外に出た。おだやかな風が吹いていた。太陽が平原の向こうの地平線から出たばかりだった。郊外には道路の横に破壊された戦車の残骸がたくさんころがっていた。それが朝日を横から浴びてオレンジ色に染まっている。どこまで行っても人影は見えなかった。僕たちは、砂の国の首都デンデラに向かっている。車のエンジン音の他にはなにも聞こえない。「さっき私たちがいた町はカルナックというところよ。このあたりはきのうまで、あめの国軍と砂の国軍のあいだで猛烈な戦闘がおこなわれていたの。だから、ここに住む人たちはみんな逃げ出しちゃったのよ。」
戦闘は一進一退のままこうちゃく状態におちいっていたけど、ほかの場所でもっと大規模な戦闘が始まったので、両軍とも、そっちの方へ移動していったらしい。でも、戦闘が終わってもあの町の市民はまだひとりも戻ってきていなかった。
「カルナックの町のひとたち、しばらくもどってこないかも知れないわね。もしかするとそのまま、となりの『月と星の国』へ避難していくのかもしれない。」
「ああ、知ってる。それ、『難民』っていうんでしょう?」
「そう。難民よ。自分の住む土地を捨てて知らない国へ行って生活するの。でもだれかが助けてあげなければ、その人たちは食べるものも着るものもなくて、みんな死んでしまうわ。難民になるって、とってもつらい事なのよ。」
アルフェッカは悲しそうな目をしていた。
●ペンテコステ祝祭日
もう4時間くらい走っただろうか。太陽がだんだん高く昇ってきた。気温が上昇し、車の中が暑くなってきた。車にはクーラーはついてない。やがて前方はるかかなたに町が見えてきた。高いたてものや低いたてものが、美しくバランスを保って並んでいた。デンデラの街だ。街が近づくにつれて一軒一軒の家がはっきりと見えてきた。家々の壁は白く磨かれていて美しい。街の真ん中にある立派な宮殿がだんだんはっきり見えてきた。宮殿の丸いドームの屋根が青くキラキラと輝いているのが遠くからでも見える。宮殿の左右には合計4本のえんぴつみたいにとがった塔が見える。塔の先端は赤く輝いて見える。デンデラ市はまるで宝石のような美しい都市だった。「あの宮殿のドームのうら天井にはね、星図が書いてあるのよ。」とアルフェッカは言った。「時間があったら見に連れていってあげるわね。」
しかし、街に近づくにつれて、あちこちの家や建物が破壊されているのが見えてきた。途中にいくつも大きな対空機関砲が空を向いてそびえ立っていた。またミサイルも空に向かって並んでいた。そしてそのそばには必ず防衛軍の検問所があった。検問所で僕たちはいちいち車を止めさせられ質問された。止められるたびにアルフェッカは記者がもつ「記者証」というカードを検問の兵士に見せていたけど、ぼくは「顔パス」で平気だった。「あちらの世界からの旅行者」はこの国でも優遇されているのだ。市内にはいったところでアルフェッカはバッグから携帯電話を取り出して画面を見ていた。それから何か文字を打ち込んでいた。「この電話、どうも電波の調子が悪いのよね。」
アルフェッカは市内の「記者クラブ」というところへ向かって車を走らせていた。大きな通信社のビルがあって、世界中からやってきた記者やカメラマンたちがそこに泊まりながら取材したり写真をとったりしているんだそうだ。そこは「記者クラブ」と呼ばれていた。アルフェッカもそのビルの中に部屋を借りて泊まり込んでいた。やがて、その通信社ビルが見えてきた。通信社の屋上にはおおきな看板が掲げられていた……「アルビレオ通信社」。
「さあ、ついたわよ。」車から降りると、アルフェッカはぼくを部屋にとおし、冷蔵庫から冷たいジュースを出してくれた。「これから私は市内のペラダン教会に行って、ペンテコステの祝祭の祈りをあげるんだけど、ついてくる?」「え? ペンテ…なに?」「ペンテコステよ。ペ・ン・テ・コ・ス・テ。あなたは何か宗教に入ってないの?」「えっとー、ぼくは何も信じてないけど、お母さんはときどき仏壇でおいのりしてる。カンジーザイボーサツ、ギョージンハンニャー、なんたらかんたら…って。」「ああ、ゴータマ教ね。東洋の人には多いわね。」
ゴータマ教か…。ぼくたちの世界では「仏教」っていうんだけどな。
「そのペンテコステって何ですか?」「ペラダン教の三大祝祭日のひとつよ。聖誕祭・復活祭・五旬祭のみっつ。別のことばで言えば、クリスマス・イースター・ペンテコステね。」ああそうか、ここの世界でペラダン教っていうのはキリスト教のことらしいな。「それは毎年何日にやるんですか?」「そうね、毎年同じ日と決まってるわけじゃないわ。年ごとに少しずつ変わるの。今年は6月8日。今日よ。」
「え?」ぼくはびっくりして飲みかけのジュースを吹き出し、せきこんでしまった。「今日は6月8日だって?」 (次号につづく)
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