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ほりすすむの あめの国のものがたり
第一話 あめの国旅行体験記(2)

赤色土竜新聞第8号 2003.12.22

●アルデバラン自動車工場

 受付の人がにこやかに言った。「ようこそ『あちらの世界』のお客様。」「どうぞ自由にビル内を見学なさってください。」それでぼくは、エレベータに乗って上の階に行き、ビルの中をいろいろ見学してまわった。あるオフィスでは大勢の人たちがコンピューターの画面をみながら忙しくキーボードを打っていた。また別の会社の人がそのオフィスにやってきて、床や窓ガラスを掃除していた。
 ビルの下の階には、いろいろな商品を売る雑貨店や洋品店や床屋や美容院があった。そしてビルの地下にはそのビル全体の冷暖房設備や電気の設備があり、そこで働いている人も大勢いた。ビルの外に出ると、レストランや喫茶店がたくさんあって、オフィスから出て来る人たちが出たり入ったりして食事をし、休憩しながら談笑していた。
 ぼくは郊外の工場も見学してみたくなった。そこで再びバスに乗って運転手に工場のある場所を聞いてみた。運転手は地図を取り出して説明してくれた。「郊外にいけば、たくさん工場がありますよ。えーと、アンタレス兵器製造会社、ペガスス航空機製造、ノートゥンク武器工場、アルデバラン自動車、アルゴル爆薬製造工場、ウォータールー軍事工業、ミラ戦車工業……」「なんだか兵器の会社ばっかりたくさんあるなぁ」「ええ、ここら辺には多いですね。でも機密保持のため関係者以外立ち入り禁止ですから、見学はできません。この自動車工場なんかどうですか? ここなら見学できますよ。」「ああ、じゃあ、そこへお願いします。」

 バスの運転手はぼくをアルデバラン自動車工場前の停留所でおろしてくれた。入り口の守衛さんも、ぼくの顔を見て歓迎してくれた。中に入ると、広い工場内にたくさんの部品が並べてあって、その間に組み立て途中の自動車が置いてあった。工員たちが、その自動車のまわりにいて、忙しそうに自動車に部品を組み込んでいた。
 しばらく工場を見学していると、やがてベルが鳴った。昼休みのベルだ。工員たちはみんなばらばらになってどこかへ向かって歩いていく。食堂に行くのかな? お弁当持ってきてる人もいるのかな? ぼくの方を見てにこやかに手を振ったりあいさつする人もいる。そのうちにひとりの工員が近づいてきた。
 「よお! あんた『あっちの世界』の人だね? どうだい、いっしょにメシでも食わないか? おごるよ。おーい、ヘーパイ。いっしょに食おうぜ!」
 ぼくは誘われるままに、階段を昇っていき、広い食堂にはいった。三人は窓ぎわの席にすわっていっしょに食事をした。窓からは、工場の向こうに兵器工場があり、その向こうに広い平原が拡がっているのがみえる。やがて工員が話しかけてきた。「オレはターレスっていうもんだ。よろしく。こっちは相棒のヘーパイ。こいつのカミさんはベッピンなんだぜー。子どももかわいいんだよなあ。ま、そんなことはどうだっていいか。工場の事で聞きたいことがあったら何だって聞いてくれよ。」ターレスとヘーパイは仲のいい仕事仲間だ。家も近いのでお互い家族ぐるみで付き合っているそうだ。ターレスは親切だった。いろいろな事を教えてくれた。

●ターレスのはなし

 「ここの自動車はとても性能がよくて最高さ。国際レースでもしょっちゅう優勝してるんだぜ。だから世界中の人たちがほしがってる。それで外国にもたくさん輸出され、おかげでアルデバラン自動車はもうかってたんだよ。俺はここの社員である事を誇りに思ってるね。
 だけど、ライバル会社のリゲル自動車が大幅な値下げをし始めたんで、他の自動車会社も対抗するために次々と値段を下げるようになった。ワシの国のカブトムシ自動車やサクラ国のプレヤデス自動車もブックス自動車も値下げしたんだ。だからアルデバラン社でも車の値段を下げなくちゃならなくなった。安くないと売れないからさ。そうやってお互いにどんどん値段を安くしていった。こうなるともう、安売り競争さ。
 でも値段を下げてしまったら、車が売れてもあんまりもうからなくなるだろう? もうけが出ないんじゃ意味がないよな。だから会社は、値段を下げた分、自動車をもっと安く作れないかと考えたわけさ。
 ひとつは材料や部品の値段を下げることだな。アルデバラン社には下請けの部品製造会社がたくさんあってな、いろんな部品をアルデバラン社に納入しているんだが、アルデバラン社では、まずこの部品の価格をもっと下げるように、全部の部品会社に要求したんだよ。部品会社の中には値段を下げられたために会社の経営が成り立たなくなって倒産しちまったところもあるよ。そこの社員はみーんな失業さね。」

 「その次に社長は、俺たちの働きにも目を付けたんだ。社長は俺たち工員に、今までよりもっとたくさん働くように命令したんだよ。俺たちはがんばったよー。会社のためになあ。それでいろいろくふうした結果、工員たちが平均して今までの2倍の働きができるようになったんだ。すごいだろ。そしたら社長はどうしたと思う?」
 「そりゃあ、感謝したでしょう。ボーナスが出た?」
 「ところがそうじゃない。その反対なんだよ。社長は、『そんなにたくさん働けるんならもっと少ない人数でも充分だ』といって、工員の半分を首にしちまったんだよ。」
 「そんなー! ひどいじゃない、それ。だまし討ちだ!」
 「社長の言い分じゃ、いままで半分しか働いてなかったんだろう、っていうわけさ。だけど、このご時世だからねー。首になったら次の仕事がそんなに簡単に見つかるわけがない。まだ失業中のやつ、いっぱいいるよ。前に一緒に働いてたやつが公園のベンチでしょんぼり座ってるのを見かけることもあるよ。なんだかやりきれない気持ちになるよ。」

●工場は外国へ移転された!

 ターレスの話では、会社はもっともっと車の製造にかかる費用を下げようとしていた。そこで、工場を外国へ移したがっているようだった。外国のほうが工員の給料がもっと安くてすむからだ。そしてそれはもう、他の工場ではだいぶ前から実行されていた。アルデバラン社は国内に20カ所の工場をもっていたが、そのうち10カ所は外国に移されてしまった。最初はゾウの国に移された。
 「え? じゃあ、移された10カ所の工場で働いていた工員たちはどうなったの?」「もちろん、首になったさ。ゾウの国の工員なら、給料はあめの国の5分の1ですむからね。」
 ところがなぜか、ゾウの国の工場は数年したらみんなワニの国に移された。それからまた数年のうちに、今度は工場を砂の国に引っ越したのだ。
 なぜそんなことをするのかわからないけど、とにかく自動車工場をあめの国からゾウの国に引っ越した時には、ゾウの国の人たちはとても喜んだそうだ。ゾウの国は貧しくて仕事がない人がたくさんいたからだ。でも工場がワニの国に引っ越してしまったら、ゾウの国の工場がなくなったので、働いていた人たちはまた失業してしまった。
 「ワニの国でも事情は同じだよ。つまりさ、俺たち工員はな、どこの国でも使い捨てなんだよ。この工場だっていつ移転するかわかんねーよ。だけど、そんときゃ会社と大げんかだな。」

 「だけど初代社長は偉かったんだよ。」とヘーパイが言いだした。「昔のはなしだが、車の値段を下げた時に、社員の給料を2倍に上げたんだってよ。そうしたら社員も自分の給料で車を買うことができるじゃないか。それで社員たちがみんな自分の会社の車を買うようになったんだ。それで街じゅうにアルデバランの車が走るようになってさ。そしたらそれを見た人たちが同じ車をぞくぞくと買いに来たのさ。それで会社ももうかった。どうだい。社員あっての会社だろ? そこへいくと今の経営者は駄目だね。連中に初代社長の耳のアカを煎じて飲ましてやりたいよ。」
 ここでは「耳のアカ」って言うのか。ぼくの国じゃ爪のアカって言うのに。

 「ここの会社のトップの給料はすごく高いんだぜ。驚くなよ。社長と会長は俺たちの200倍の給料をもらってるし、50倍以上もらっている重役が10人もいるんだ。その下の役員だってみんな10倍や20倍はもらってる。」
 「すごいなあ。そんなにたくさんもらってるんなら、上の人たちの給料を半分にすれば、工員たちをひとりも首にしなくてもよかったのに。」「そうだろ? あんたもそう思うだろ。そうだよ。上のやつら儲けすぎなんだよ。今までたんまりもらってたんだからな。こんな時こそ自分の給料を差し出して下の者たちをかばってこそ、立派なリーダーっちゅうもんだよ!なあ、おい。」

●国の指導者を選ぶやり方

 話は国の政治のしくみの話題にうつった。
 あめの国は民主主義を尊(とおと)ぶくにだった。そのために国民が4年に一度、その国の指導者として大統領を選挙で選んだ。選挙にはこの国の国民なら誰でも立候補でき、当選すれば大統領になることができた。しかし、その選挙はとても不思議な選挙で、国民は直接自分で大統領を選ぶのではなく、まず「大統領を選ぶ人を選ぶ」という制度(しくみ)になっていた。投票する人は投票用紙に大統領になってほしい候補者の名前を書くのだが、その票が集計されて「大統領を選ぶ人」が選出されるのである。
 大統領選挙はいつも「ゾウの会」と「ロバの会」から選出された二人の候補によってたたかわれ、そのどちらかが大統領になった。ゾウの会もロバの会もとても大きな政党で、あめの国の人々の多くがどちらかを支持していた。
 「へー。いつもふたりしか立候補しないの? ほかには候補はいないの?」
 「さあ、ほかの候補ってのは見たことないなあ。テレビを見ても、いつもどっちかの候補が選挙演説してるし、街なかでの話題も『どっちが勝つか』だからね。まぁ、ここは自由の国だからね。他にもいろいろ候補者がいるのかもしれないけど、見たことないねえ。」
 それからターレスは得意げに胸を張ってみせた。
 「俺はゾウの会の支持者なんだよ。ほら、このバッジ見てくれよ」胸には青いゾウのマークのバッジがつけられていた。ぼくもバッジをひとつもらって胸につけた。

 あとでわかった事だけど、選挙にはばく大なお金がかかるので、お金を持っている人か、お金を持っている人に援助(えんじょ)されている人でないと選挙うんどうができないんだそうだ。例えば、放送局にたくさんお金を払って放送時間を買い取らなければ、テレビで選挙演説もできないんだけど、ゾウの会もロバの会も、大きな会社の社長たちがお金を出し合って運営していたので、お金がたくさんあった。だから、ゾウの会とロバの会は、たくさん宣伝することができた。だけどそれ以外の政党はお金がなかったので、立候補はできても、ほとんど選挙運動ができないので目立たなかったのだ。ターレスはさらに奇妙な事を言った。
 「こないだの選挙ではね。最後に一番得票したのはロバの会の候補だったんだよ。だけど、『選挙する人』を多く取ったゾウの会の候補の方が当選したんだ。それが今の大統領さ。」
 「それって変じゃない? たくさん得票した人が落選するなんて、そんなの民主主義とはいえないよ!」「いやあ、そんなこたぁないよ。ちゃんと決まりにしたがって投票して、その決まりにしたがって大統領が決められたんだから。」とヘーパイは言った。
 ふたりとも、この国の民主主義は素晴らしいと言う。でも、それじゃ、投票した多数の人の意志を無視してることになるじゃないかなあ。ぼくは考え込んでしまった。

●あめの国の歴史

 やがて昼休みが終わり、彼らは仕事に戻ることになった。ぼくは他の場所を見学することにした。「よお!こんどの日曜日にうちのガキどもをつれて『ネズミーランド』に行くんだけど、いっしょに行くかい?」「う〜ん、行ってみたいけど、それまでこの国にいるかどうかわからないよ。」「よ〜し!もし行く気になったら工場の方に連絡してくれよ。じゃな。帰る前にまた会おうな。」
 「うん、どうもいろいろありがとう。」…
 だけど、これがターレスと最初で最後の出会いだなんて、この時だれがわかっただろうか? ぼくはまたバスに乗って街へもどった。

 ぼくは街の中をすこし歩いて大きな図書館を見つけ、そこに入った。これからこの世界を探検するためにも、すこし勉強しておかないとだめだな、と思ったからだ。まず、あめの国の歴史を読んだ。それから、いろいろな新聞もあったので読んでみた。それで、だいたい次のようなことが分かってきた……
 「あめの国は自由と民主主義を尊ぶ国である。それはこの国の憲法(けんぽう)にも書かれている。むかしこの国は獅子の国の植民地として支配され、『獅子の国』に税金を納めていたが、政治に参加する事はゆるされていなかった。そこで、あめの国の人びとは独立国となることを決心し、獅子の国と戦った。あめの国のあちこちで激しい戦闘が続いたが、英雄ケンタウロスの指導する独立軍はついに敵将デネボラの軍を破り、独立することができた。
 独立した時に『誰からも自由を束縛されない』こと『自分の国のことは自分で決める』ことを宣言した。そうしてあめの国の人々は思い思いの仕事につき、いっしょうけんめい働いてこの国を建設した。」
 「あめの国の決心に共感し、いっしょに獅子の国と戦った国があった。それは『ゆりの国』の人びとであった。ゆりの国の人びとはあめの国が独立したのをお祝いして、とても大きな自由の記念像をプレゼントした。」

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