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ほりすすむの あめの国のものがたり
第三話 砂の国旅行体験記(5)

赤色土竜新聞第10号 2004.1.5

●誘導ミサイル

 ぼくはアルフェッカといっしょに大急ぎで通信社ビルにもどった。そしてアルフェッカはみんなに記者クラブに集合するようにと伝えた。
 「特ダネよ。とんでもない大スクープよ! このニュースを世界中に伝えるのは私たちの使命だわ!」
 そして、アルフェッカはさっきぼくから聞いたことをとても早口で話しだした。
 そこには100人くらい記者がいただろうか。アルフェッカの話を聞いていくうちにみんな興奮しはじめた。そして話を聞き終わるやいなや、みんな大急ぎでそれぞれ自分の机にもどり、記事を書いたり電話したりした。パソコンからメールを送っている記者もいた。もう、記者クラブの部屋はてんてこ舞いだった。
 その時、遠くからなにか音が近づいてきた。「キーン」という金属的な音だった。それがだんだん大きくなり、「ズーン」と鈍い音がした。
 「なに? 今の音。」だれかが言った。「あれ、聞いたことがあるよ。誘導ミサイルの音だな。ビルの近くに落ちたぞ!」別の誰かが言った。
 おおぜいの記者たちが窓ぎわにかけよった。まどの下、住宅地のあたりの一角が赤々とほのおをあげて燃えていた。ほのおは白と黒のけむりを吹き上げながら夕暮れの空に高くのぼっていった。
 「エリダヌスの家だ!」どうして? なぜ? ぼくは頭がパニックになりそうだった。

 ぼくは記者クラブの階段を急いでおりて行こうとした。そしたら目の前にアルフェッカがいた。そしてぼくの行く手をさえぎった。「どうして止めるの? 行かなきゃ! エリダヌスが大変なんだよ!」すると彼女は顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながらぼくを抱きしめて言った。「私のせいよ。エリダヌスを殺したのはわたしなのよ!」「え? 何いってるの? まだ死んだと決まったわけじゃないんだから助けに行こうよ。それにどうしてアルフェッカのせいなの?」
 「さっきわたしの携帯でんわが雑音で聞こえなくなったのを覚えてるでしょ? 秘密ちょうほう機関はわたしの携帯でんわを盗聴していたのよ。そして大統領にとって都合の悪い事実を私がしゃべったから、妨害電波できこえなくしたんだわ。それから私を殺そうとしたのよ。さっきのは誘導ミサイルの音よ。まちがいないわ。誘導ミサイルはいろいろな電波で誘導できるの。あのミサイルはわたしの携帯でんわが出す電波をたどって飛んできたんだわ。わたし、さっきエリダヌスの家のテーブルの上に携帯でんわを忘れてきたの。おお、おお、なんていうことでしょう。かわいそうなエリダヌス! 子どもたち!」そういうとアルフェッカははげしく泣きだした。
 その時、ぼくは「はっ!」とした。秘密ちょうほう機関はここの記者全員の携帯でんわを盗聴してるんじゃないのかな? アルフェッカの電話だけじゃないだろう。それなら記者たち全員があぶない!
 「ねえ、アルフェッカ。それならここもあぶないんじゃない? ちょうほう組織はここのビルにもミサイルを飛ばしてくるんじゃない?」アルフェッカもすぐ気がついた。
 「ああそうだわ。泣いている場合じゃない」アルフェッカは両手でなみだをぬぐうと急いで部屋にもどり、みんなに言った。「みんな! 今すぐ携帯でんわの電源を切って! 電波を出すものはぜんぶ切るのよ。それから、すぐにこのビルから逃げて! わたしたちもミサイルにねらわれているのよ。みんな、ニュースは配信したわね?」
 「よし!オーケーだ。」「だいじょうぶ。明日の朝になれば、もう世界中がこのニュースを知ってるよ。」「大統領はこれで破滅だぜ!」

●夢からさめて

 僕たちは、それからいそいで階段をかけ降りた。そしてビルからできるだけ遠くに走った。そのうち、うしろで金属音がきこえてきた。
 「キーン」「キーン」…「ズーン」
「ズーン」
 振り向くと、通信社ビルに大きな穴がふたつ空き、そこから炎が吹き出していた。ぼくたちは息が苦しくなるまで走り続けた。後ろからミサイルの音が次々と聞こえてきた。途中、じゃり道でころんで手のひらをすりむいた。起きあがった時、アルフェッカが叫んだ。「すすむ! 今すぐあなたの世界に帰りなさい。これからどんな攻撃が来るかわからないわ。もしも消滅爆弾をまとめて落とされたら、走っても間に合わない。だからあなただけでも助かるのよ。チケットは持っているわね?」
 「うん。でも……」「わたしたちは『戦場ジャーナリスト』よ。いざという時の覚悟はできているわ。それに世紀の大スクープをモノにしたんだもの。死んでも本望よ。さ、行きなさい! 私たちのこと、忘れないでね。さようなら。」「そんな…だめだよ。死なないで!」「心配しないで。そんなに簡単には死なないわ。なんとか生きのびるつもりよ。」息をはあはあさせながら、アルフェッカは両手をひざに置いて下を向いていた。そして、そのままぼくに手を振っていた。
 「じゃあ、さようなら。いつか、きっと会おうね。ぼく、忘れないから。」そういうと、額にチケットを当て、回りながらつぶやいた。「ぼくのうち、ぼくのうち、ぼくのうち……」

 「ほら、ごはんよ! なにしてるの?」おかあさんの声で「はっ!」と気が付いた。ぼくは庭にしゃがみ込んでいた。うで時計を見た。……7時1分。
 やっぱりぼくは夢を見ていたのかな? ずいぶん長いゆめだったと思ったけど、1分しか過ぎてないなんて。
 ぼくはみんなのところに行った。それから「ちょっと顔あらってくる。先に食べてて。」そういうと洗面所へ行った。鏡で自分の顔をみると、たしかに寝ぼけたような顔をしてる。やっぱり夢だったのかな? いや……、これは疲れ切った顔なんじゃないか? あれがもしも現実にどこかで起きていたんだとしたら……ぼくは自分の体験をもういちど思い出していた。
 教授といっしょに行ったひみつの会議。みんなは無事に逃げたんだろうか? そのあとどうしたんだろうか? アルフェッカは? 消滅爆弾でどこかに吹き飛ばされたんだろうか? それとも… 
 ……ああ、かわいそうなエリダヌス。生まれた時からずっと戦争の中で生きてきた。結婚した夫は戦争で死んだ。そして今度はこどもたちといっしょに自分まで……
 ぼくは顔をざぶざぶと洗った。しばらく激しく洗いつづけた。顔を洗いながら、ぼくは泣いていた……

 それからタオルで顔をふきながら思った。いや、きっと、うまく逃げて生きているさ。……いくら何でもそうじゃなきゃ。そうさ。きっと生きているさ。きっと!……。
 その時、鏡の中のぼくの右むねにゾウの会の青いバッジがみえた。「あ!」と思ってぼくは自分の胸をみた。何もついてない。もう一度鏡をみたがもう胸にはなにもついていなかった。…気のせいか。
 「やっぱり、全部ゆめだったのかな。」そう思ってタオルをかけた時、タオルにちょっと血がついていた。ぼくは自分の手のひらを見た。
 両方の手のひらにすりきずがあった。ぼくは、さっきころんだ時の痛みを思い出した…

●エピローグ

 あれからずいぶん時間がたつ。あの日のことを時々思い出す。一分間の日帰り旅行。例のチケットは、あの日以来みあたらない。どこかにいってしまった。おとうさんに聞いてみたけど、おとうさんはチケットのことを何もおぼえてなかった。
 それからあのパン屋のうらのレンガの小屋にはやっぱり誰もいなかった。壁をたたいてみたけど、どこにも通路はなかった。

 ぼくの世界でも戦争の記事が連日、テレビや新聞をにぎわせている。戦争は続いている。 今日も爆撃がつづき、死者やけが人が出ている。あの中にエリダヌスのようなひとびともいるんだろうか?
 でも戦争に反対する人たちもたくさんいて、世界中で反対のデモがおこっている。教授たちはあのデモの中にいるんだろうか?
 もしかしてどこかの街かどでターレスに会うことはないんだろうか? 工場が移転してしまったあと、ヘーパイは失業したんだろうか? 今ごろは公園のベンチにしょんぼり座っているのかな?

 あれからまたちょっと考えたことがある。例のラテン語の呪文「イン・テラ・パックス・オミニブス・ボネボルム・タティス」は、最初の「グロリア・イン・エクスチェルシス・デオ」も付け加えれば、「いと高きところに神の栄光あれ 地には平和、人には恵みあれ」という意味になる。これは爆破事件の翌日、ミラ大統領がテレビで言ってた言葉だった。なぜ大統領のことばとペルセウス秘密同盟の呪文とが一致したんだろう? 偶然の一致? それとも大統領もペルセウス秘密同盟だったのかな? いや、そんなこと、あり得ない。自分の陰謀を暴露させるはずがないもの。そうしたら、あの言葉はペルセウス秘密同盟に「おまえたちのことはわかっているんだぞ!」という合図だったのかな?

 ある時ぼくは夢を見た。夢のなかで、ぼくはまた霧に囲まれていた。霧の中にあのレンガの小屋があって、正面に旅行社のへんな婆さんがすわっていた。
 「お帰り。どうだった? 楽しかったでしょう?」
 え? 楽しいかって? 楽しくなんかなかったよ! とても悲しかった……
 ねえ、お婆さんは知ってるの? アルフェッカやエリダヌスのことを。あの人たちがどうなったかを?
 それから教授たちは? ターレスたちは無事にもどってこれたの? それとも、これはみんな夢なの?……
 お婆さんは何も言わず、ただにこにこしているだけだった。やがて霧がまた濃くなってきて、なんにも見えなくなってしまった……そこでゆめからさめた。
 僕の目は涙でぬれていた。

 ぼくはある詩集が好きになって、よく読むようになった。そして偶然「ナミカンタ」と「ルテエル」をその詩の中に見つけた。ふたりのこどもの名前は「みんなの」「しあわせ」という意味だった。
 おしまい

古代砂の国象形文字。

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