赤色土竜新聞もくじに戻る前のページへ次のページへ

ほりすすむの あめの国のものがたり
第一話 あめの国旅行体験記(4)

赤色土竜新聞第8号 2003.12.22

●国でいちばん偉い人はだれ?

 「ねえ、君の国でいちばん偉い人はだれ?」教授がふいに聞いてきた。「偉いひと? う〜ん。それは人間として立派な人っていう意味? それとも国の指導者のこと?」「あっ、そうか。質問のしかたが悪かったね。国を治めてる人たちの中でいちばん高い地位にある人のことさ。やっぱり大統領なの?」「ううん、そうじゃない。ぼくの国のいちばん偉い人っていうと……。総理大臣かな? 国の行政機関として内閣というものがあって、その内閣にはいろんな省庁があって、その省庁のいちばん偉いひとは『何々大臣』っていうんです。例えば国土交通省には国土交通大臣、文部科学省には文部科学大臣。そして、それぞれの大臣の上に総理大臣がいて内閣全体を監督している。だから総理大臣がいちばん偉い。」ぼくは学校で習ったばかりの日本の政治の仕組みを説明した。
 「おや、それは変だよ。」と教授がくちをはさんだ。「『大臣』という言葉はね。『臣下』つまり家来(けらい)の中でいちばん上のひとっていう意味なんだよ。だから総理大臣もだれかの家来でなければおかしいな。」
 「え? 総理大臣よりも上には誰もいませんよ。」
 「いや、大臣というのは、もともと王とか皇帝とか、古い時代の支配者の家来として政治を任されるひとの呼び名だったんだ。君の国には『君主(くんしゅ)』と呼ばれるひとはいないのかい?」
 「ああ、それなら天皇がいるけど、いまは天皇には何の力もありません。昔はすごく偉い人で、神様と思われていたんだけど、今は憲法第一条に『国の象徴(しょうちょう)』で『国民の統合の象徴』であるという風に書いてあるんです。」
 「ふう〜ん。今は飾りみたいなものか。それじゃあ、昔の名残りだね。しかし、それにしても奇妙だな。実際の政治のしくみはともかく、言葉のうえでは大臣は『天皇の下で天皇に政治を任されている』ことになるわけだ。それに憲法の第一条というのは、まず自分の国の基本姿勢を規定するものだろう? それが天皇について書いてあるということは、やっぱり、君の国の主人は天皇なんだよ。」
 「へえ〜、そうなるんですか?」
 「そうなるとも。じゃあ、もうひとつ手がかりになる事を聞いてみようか。君の国にも『勲章』というものがあるだろう? 国のために働いた人に授与されるものだ。その勲章は『だれが』さずけるのかね? 授ける人が国家の元首だよ。」「ああ、それは天皇が授与します。」「そうか。それじゃあ、君の国の国家元首は天皇だよ。まちがいない。天皇が君の国のいちばん偉い人だ。」

●あめの国の選挙のやりかた

 ぼくはもう一つ、気になっていたことがあったので教授に聞いてみた。
 「ねえ教授。さっき自動車工場できいたんだけど、大統領に当選したのは一番の人じゃなくて二番の人だったってほんとう?」「そうだよ。君はそれをどう思うね?」「どう思うって…やっぱりおかしいと思います。」
 「そうだね。おかしいかも知れないね。これは選挙の制度に関係があるんだ。いいかい。忘れてはいけない。どんな素晴らしい制度もそれを運用するのはにんげんだという事を。にんげんにはいろいろな欠陥がある。だからどんなに良い制度でも悪用すれば公正ではなくなる。だけど、そうだとしても、悪い制度は悪い制度だ。それを良い制度に変えていくのもまた人間の責任だ。もしも制度がもっと別のものだったら、ロバの会の候補が大統領になっていたはずだろう? 制度が変われば当選者が変わるんだとしたら、両方の制度のうちどっちかが『より良い』か『より悪い』かだとは思わないかね?」
 教授はとても明快な聞き方をしてくるけど、ぼくにはよく分からなかった。「もっと具体的に説明してくれないと分かりません。」

 「よろしい。」といって教授は白い紙を広げた。それから本棚からうすいパンフレットを探し出してきた。そして、それを開いて見ながら紙に鉛筆で図を描きはじめた。「前回の選挙がどうなったのかを説明してあげよう。あめの国は10の州から成っている。スコルパ州、ラケルタ州、ムスカー州、ピクシス州、カンケル州、グロッタ州、オーリガ州、ドラード州。レグルス州、ヒドルス州だ。有権者は各州に千人ずつ、ぴったり1万人いる。大統領選挙の時には、まずそれぞれの州ごとに10人ずつの『選挙人』が選挙で選ばれるんだ。つまり、大統領を選ぶ人を選ぶわけだ。そして、選挙で選ばれた10州合計100人の『選挙人』が大統領を選ぶんだ。
 さて、前回の選挙には5つの政党が候補者を立てた。立候補者はミラ(ゾウの会)、リゲル(ロバの会)、ハンマー(モグラ党)、アナルコ(ドラネコ団)、セルパン(シロヘビ団)の5人だ。各州での選挙の結果、一番得票した政党が、その州の選挙人10人全部を指名することになっている。そして投票の結果はこうなった。」そう言って、教授はそれぞれの州ごとの各政党の得票数を図に書き込んでいった。
 「この結果、10の州のうち6つの州の選挙人60人をゾウの会が指名し、残り4つの州の選挙人40人をロバの会が指名することになった。ほかの政党はただの1州もとれなかった。そして選挙人による選挙の結果、60対40でゾウの会のミラ候補が当選したんだ。だけど、各党の得票数を計算してごらん。実はロバの会が一番多いだろう?これがこの国の選挙のやり方なんだ。」
 教授の話では、国会議員の選挙もほとんど同じ方法でおこなわれたので、100の議席のうち60をゾウの会が、そして40をロバの会がとり、他の政党からは誰も当選しなかった。だけど、どの州も、1000票で10人の議員を選ぶわけだから、どの政党も100票につき1議席の計算になる。もしも得票数の割合で議席を配分すれば、ロバの会が35、ゾウの会が30、モグラ党が12、ドラネコ団が13、シロヘビ団が10の議席をとることができたことになる。
 投票の数は同じでも、選挙のシステムが違うと当選者の数はちがってくるんだな。どういうシステムがいちばん正しいんだろうか。それとも正しいやり方がひとつだけあるんじゃなく、それぞれの国が自分たちで決めればいい事なのかな? でも、ドラネコ団やモグラ党やシロヘビ団が1議席ももらえないなんて、どう考えても不公平だな。ぼくはこの選挙のやり方はやっぱり変だと思った。

あめの国大統領選挙の投票結果集計。ぞうの会は6つの州で最高得票になったので合計60人の選挙人を選ぶことができた。ろばの会は4つの州で最高得票になったので合計40人の選挙人を選ぶことができた。しかし、合計得票数でくらべると、ぞうの会は2981票で、ろばの会の3549票よりも少ない。

●夢のなかで

 ほかにも聞きたいことはいっぱいあったけど、ぼくは眠くなってしまった。それで教授に階上の寝室へ案内してもらい、ベッドに横たわると、ぼくはすぐに深い眠りにおちていった。…夢の中に、たくさんのものが次々と出てきた。パン屋の裏で会った不思議な老婆。旅行券。旅行社の壁には不思議な旅行案内ポスターが貼ってあった。「月世界旅行」「海底二万里」「時間旅行」…。霧の中の船の甲板。港に着いた時に見た、「自由の女神」に似た変な像。太っていて顔が動物のようだった。高層ビルから眺めたケンタウロス市の景色。自動車工場。かわった形の自動車。ターレスとヘーパイ。ウシトラの方角のはなし。選挙のはなし。ロバがいなないている。ゾウが踊っている。白いトラや青い竜がぼくの周りをぐるぐる回りながら笑ったり吠えたりした。…笑い顔はピエロの顔にかわった。君はだれ?「ピエロ・リュネール」と顔は答えた……
 なんだか遠くで騒がしい音が聞こえる。車がたくさん通る音、がやがやとした人の声、マイクで何か叫ぶ声。テレビで何か言ってる。それからサイレンのような音も聞こえる。なにかあったのだろうか……

 翌朝、目がさめた。いま何時だろう。うで時計を見た。朝の6時。ゆうべの音はまだ聞こえていた。ざわざわとした人の声、テレビでは何か言ってる。サイレンの音は聞こえないけど、車がたくさん通っている音がする。ぼくはねむい目をこすりながら階下に降りていった。ダイニングルームにみんながいる。みんなテレビを観ていた。やっぱり何かあったらしい。
 「あら、おはよう。」「おはよう。よく眠れたかい?」みんなに声をかけられた。
 「おはようございます。なんだか騒がしかったけど、何かあったの?」ぼくは聞いてみた。
 「うん。アルデバラン自動車工場で爆発があったらしい。君はきのう見学してきたんだろう?」教授が言った。
 「え! 爆発? 原因は何ですか。けが人は?」「まだはっきりしたことはわからない。あとで行ってみよう。今あわててもしょうがないから、まず腹ごしらえをして、それからでかけよう。今日は授業が休みだからぼくもいっしょに行くよ。」
 食事のあいだ中、工場の爆発の話題でもちきりだった。新聞には、何者かが爆弾を仕掛けたものらしいと書いてあった。被害の様子からして「消滅爆弾」という特殊な爆弾が使われたらしい。この爆弾はアルデバラン社のそばのアルゴル爆薬製造工場でも造られている。食事の後、ぼくは教授といっしょに教授の車でアルデバラン自動車工場へ向かった。     (次号につづく)

赤色土竜新聞もくじに戻る前のページへ次のページへ

レッドモール党(第四インターナショナル・ファンクラブ)へ結集せよ

でも結集してもなんにもないけど