「井上が隠蔽した事実」の次は「井上が書いたウソ記述」に移っていく。その中でも最大
で最も鉄面皮なウソがこれである。
井上はるおは、このように書いている。↓
名著「サーバーアクション」の大汚点:意図的デマと隠蔽まみれの「補章」(下)
http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=792;id=01
<戸田掲示板への攻撃と理不尽な削除>
・・・この他にも暴言ののち削除されたモノが多数あったあまりの削除により戸田さんの
掲示板は、「もはや石ころしかころがっていない掲示板」といわれた。
↑この中で戸田に関する記述を整理すると・・・(ウソと偏見がよく見える)
http://www.hige-toda.com/x/c-board/c-board.cgi?cmd=one;no=793;id=01
5:暴言ののち削除されたモノが多数あり、あまりの削除(?)により戸田掲示板は、
「もはや石ころしかころがっていない掲示板」といわれた。
ところが!
戸田が実際に削除したのは、00年の4/20〜5/19の1ヶ月間でたったの30本ほど。いくら
多く見ても40本はいっていないはずだ。1日平均1本程度の削除!
(当時の1本立て「なんでも掲示板」で。「ちょいマジ掲示板」と「自由論争掲示板」の
2本立てになった00年5/19以降は、月間削除数は更に減っている)
それなのに、1日平均アクセス数1000前後に達して掲示板で、月間の削除数わずか30本
程度、1日平均1本程度の削除を、井上は「あまりに多数の削除」とデッチ上げたのだ!
おい、井上よ、お前はこれを「あまりに多数の削除」と言うのか?!
まさに物書きとして絶対に許せないデッチ上げである。
00年当時は後の05年9月のような「無意味書き込み」荒らし↓
http://www.altoworld.com/bbs/higetoda/
は無く、それぞれに意味のある言葉をそれなりの秩序で書き込まれたものだった。戸田の側
でもほとんどの場合は削除対象者の全投稿を削除するのではなく、一部は残して晒した上で
の削除だった。
また、追放処分者も「酷いぞ!もう来ないぞ!」等の文句を言いながら、命令無視して投
稿継続する者はほとんどいなかったので、削除が厖大な数になる事が無かったのである。
削除が一本もない日も結構あった。
こういった事は、戸田は吟味しながら削除した当事者としてよ〜く覚えている。
◆さらにもうひとつ、
「戸田さんの掲示板は、『もはや石ころしかころがっていない掲示板』といわれた。』とい
うのも真っ赤なウソ!
その事は「論より証拠」、
☆ '2000-4月なんでも掲示板 記録 ☆ (4/20〜4/30までに残存114本)
http://www.hige-toda.com/bbs1/tmp/00/keijiban4.htm
☆ '2000-5月なんでも掲示板 記録 ☆ (5/1〜5/31までに残存84本)
http://www.hige-toda.com/bbs1/tmp/00/keijiban5.htm
そしてその後の00年6月から「サイバーアクション」発行の01年7月までの「過去の
掲示板記録」http://www.hige-toda.com/bbs1/tmp/hozonkiroku.htm
を見れば歴然としているではないか!
いったいこれのどこが「もはや石ころしかころがっていない掲示板」だと言うのか!?
しかもこれの他に過去記録を作らない「「自由論争掲示板」がこれ以上の盛況を続けてきた
のに!
そしてHP内の他の記事も合わせて、掲示板内容に関心が寄せられたからこそ戸田HP
のアクセス数が伸びていった、という歴然とした事実があるではないか!
◆「石ころしかころがっていない掲示板」というのは退散した荒らしが言い立てた事でしか
ないのだが、井上の心性はこのウヨ荒らしに完全に同化しているとしか思えない。
◆現実批評の物書きとして不可欠な「事実を調べて書く」という事を井上はしていない。
しかも、戸田HPを開いてあちこち見ればすぐ分かるという最も簡単で最低限の調査すら
しないで、若竹・戸田攻撃の荒らし共に同化した心情のままにウソを書き散らかしたのだ。
いや、戸田憎しの感情のあまりにウソを承知で書いたことすら十分にあり得ることだ。
1日平均アクセス数1000前後に達して掲示板で、月間の削除数わずか30本程度の事を、
「あまりに多数の削除」とデッチ上げ、活況を続けている掲示板をして「もはや石ころしか
ころがっていない掲示板」だとデッチ上げた罪の重さはまさに天神共に許し難い所業である。
断じて粉砕あるのみ!
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