論理だけで世の中が回っていかないことは百も承知でありますが。 黒目 - 07/2/16(金) 15:25

私は戸田さんや「統一戦線」さんに問いを発しているので、ここで麻生さんの文章に絡むとややこしくなりそうな気もするんですが、いくつか気がついたことは述べておこうと思います。

麻生さんの言われている、「戸田肯定論」の眼目は、「戸田ひさよしはネットの外ではまともである」という点が中心になっているかと思います。
そりゃ、一から十までむちゃくちゃな人だったら、そもそも連帯労の執行委員長なんかにはならないでしょう。戸田さんの日常活動は、麻生さんが言われるとおりなのでしょう。

ひとつの問題点、私などはあまり意識していない論点ですが、実は戸田さんの問題の中心点であるかもしれない論点は、
「そういう世間ではまともな人が、なぜネットの中ではこんなに一から十までむちゃくちゃなのか?」
という問題に集約できるのかもしれません。

インターネットが普及しだした頃に、たくさんいたタイプとして、「インターネットに書いたものは、世界中の誰でもが読んでいる可能性がある」という事、ネットというのは別に「異世界」ではなくて、単なる通信手段であるという事を、結局のところ理解できないタイプ、こういう人たちがネットを荒らしまわったわけですが、戸田さんはそのまま10年ぐらいきてしまっている、という事なのかなあと思うわけです。

たとえば、電話というものが普及しだした頃には、「中にちっちゃい人が入っているに違いない」とかいって受話器を分解する人がいたそうですが、我々はすでに電話というものに慣れ親しんでいます。
そこでですね、たとえば電話で、「お前は俺の質問に答えろ!俺に質問することは許さん!」とかいって怒鳴りまくった人がいたとして、次の日に「やあ」とか普通にしていて、「電話は電話でしょ?」とか言う人がいるでしょうか?そういう人間は社会生活が営めないわけです。

インターネットは、この十数年で普及の過程をたどり、一般化しました。多くの人にとって、日常的な通信手段となっていますし、「インターネットは全く見たこともない」という人も少なくなってきています。
そういった中で、ネット上の不細工な立ち振る舞いを、「歳のせい」などにする事は許されなくなってきている(戸田さんは歳のせいにできるほどの年寄りでもないと存じますが)というのが、この十数年におこったことです。
その中で、戸田さんが、未だにインターネットというものがどういうものかわからない結果、こういう立ち振る舞いに及んでいるのだとすれば、戸田さんは十数年のレベルで立ち遅れているということになる。
有体に言って、初期の頃からインターネットをいじっていた人間が、未だにこんなのだという状態であるならば、「戸田さんはインターネットが向いていない」という事にしかなりません。

ネットの普及期には、「インターネットはバーチャルな空間だ」ということがしきりに言われました。このことが、インターネットというものに対する大きな誤解を生んでいるのではないか。すなわち、「バーチャルな空間=現実ではない」という誤解です。ゲーム機をテレビにつないで「信長の野望」とかのゲームをやっている感覚で、「論争ゲーム」を楽しんでしまう、ということが起こっているのではないでしょうか。しかし、これはゲームなどではなく、相手は生きた人間であり、ネット上で相手が怒ってきたときは、実際に怒っている人間がいるのだ、ということが理解できない。

こういった人間の類型の典型が、「ネットウヨ」です。彼らはゲームのように掲示板を「プレイ」します。しかしそれを撃退するとする、戸田さん(あるいは「統一戦線」さん)が、このような現実感覚を喪失したゲームプレイヤーであったのなら、これはお笑いです。(そして現実に、笑いものになっているのです)

考えてみれば、戸田さんのネット上の立ち振る舞いの特質は、「コミュニケーションの不在」です。
私は最初、これはなにをやっておられるのだろうか、と理解できませんでした。
人の書いたものに受け答えしようとせず、自分の書きたいことだけを書く。これは生産的な議論というものそのものを否定する態度です。
しかしこれは考えてみれば、戸田さんはゲーム機の「発射ボタン」を押すように投稿しているに過ぎないのではないか。そして誰かが反論すると、「敵が撃ちかえしてきた」としてしか認識していないのではないか。

もうひとつ、気になることがあります。
これだけネットでむちゃくちゃな人が、果たして、現実世界では真人間であるというようなことがあるのだろうか?
ゲームのやりすぎで現実とゲームの区別がつかなくなってる子供とかの話はよくありますが、戸田さんの場合はどうなっているのだろうか。

戸田さんにとっては「虚構空間」かもしれませんが、たとえば私は、ここの展開の中で何度かの「殲滅宣言」を賜りましたし、戸田さんには「絶縁」を宣言されております。
私もいちいち殲滅されているわけにもいきませんので、ネット外での対処が必要になってくるであろう事柄であるわけですが、果たして、これらを言う側には、現実感覚を持って言っておられるのだろうか、これを現実世界で問題化した場合、どのような事が起こるのか。すでに私にとっては結構、困難な事になってしまっているわけです。

もう一点、麻生さんご指摘の、「論理中心主義」という問題。
「正しいことを言ってたらいいってもんじゃない」というのは全くそのとおりであり、また、論理というのはそれ自体抑圧的です。
この辺が、「役立たずの学生上がり」が忌み嫌われる所以であるわけですが(W,
論理というのは力であり、それは理不尽を阻止する力として行使しうる。
戸田さんの行った理不尽の前に、これを止めんがために、私は「論理の暴力」を行使しました。
これ自体は、なんら否定的なものであるとは考えておりません。
ただ、「理屈ばっかりでできたような奴」がうっとおしい、という話であれば、全面的に同意します(W.