四トロ同窓会三次会 2002年12月29日〜30日
書き込み自由です。二次会に飽きた方はどうぞこちらへ\(^o^)
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時間が経つと 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)23時03分37秒
どうしてもねえ。黒目どの、頼むよ。
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野次馬さん、加入戦術 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)23時00分43秒
という「専念組織」形成の方法もあるくらいです。一般論的にいえば、多数派形成に努力すべきです。
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経済主義 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)22時55分42秒
経済主義の問題、その通りと思います。であれば、一般論として、全国的な組織でなくても良いというのは具合わるいのではないでしょうか。
例えば、今、福岡では小学6年生について「日本人としての自覚、愛国心の形成」について3段階評価が通知表で行われ、これとの闘いがあります。これは、容易に他県に広がる可能性があります。テキは、試験的、練習的に行っており、教訓と自信を得次第、全国に広げるであろうことは明らかです。ということは、こちら側にとっても事情は同じです。広くネットワークを広げ、しかし、何でも「戦争への一里塚」みたいな平和主義的闘いにするのではなく、排外主義的思想と思想的良心の侵害と強制に反対する闘いとして取り組むことが必要です。地方的闘いをそれで終わらせず、逆に地方的攻撃でも全国的反撃で闘う必要があると思います。
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しまださま 投稿者:野次馬 投稿日:12月30日(月)22時33分08秒
文脈をとらえていない発言という批判は甘受します。ただ、
>大事なことで批判を党中央に集中しないことは党の不存在を考えていることになるからです。
というのは、既存の党を内側から改革可能であるという、検証されたことのない前提によるのではないでしょうか。むしろ、行動から出発して新たな党へという可能性もあるのではないでしょうか。私自身にいかなる党を、というイメージがあるわけではないのですが。
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(無題) 投稿者:黒目 投稿日:12月30日(月)22時30分36秒
あんた、既に謝ってたじゃん(爆
もう一回指摘してやんなきゃならんかね?
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黒目くん 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)22時27分00秒
君には、何でも“明らか”なのだ。だけど、それをわざわざ出て来ていうことはない。
どう明らかなのか、描いてみせてこそ掲示板を使う意義があるだろう。
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表現が適切で 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)22時20分06秒
あったとは言っていません。でも、わたしの理由説明がそれなりに納得できるものであれば、それを認めるという態度が祭りの参加者たちにあったでしょうか。
しかしあくまで、特殊文化圏になじまない会話として扱っているのです。
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その2 投稿者:野次馬 投稿日:12月30日(月)22時19分46秒
ご発言の内容は、端的に言って、労働運動における「経済主義」の問題だと思います。私自身は組織労働者になったことはありません。しかし、親なり友人知人なりから得た知識から、工場現場あるいは事務所現場において1960年代に進行した合理化は、経営の側からの経済的合理化を旗印としての、各職場における自立的生産活動の抑圧すなわち労働の質の奴隷労働化の過程だったと考えています。こういった合理化を粉砕する可能性は、職場単位レベルでの自立的な組織を形成できるかどうかにかかっているのであって、党にしろその他のものにしろ全国的統一的な組織の有無とはあまり関係ないと思います。論拠は、教育現場です。同じ全国組織に属していても、いまもって分会ごとにかなり状況が異なるように思えるのですが。このあたりいかがでしょうか。なお、私自身は、前衛党を全否定しているわけではありません。ただ、しまださんの書いているものを読んでも、道具性、もしくは道具としての党というイメージがわきづらいのですが。第一インターの共産主義者同盟(時代的背景が異なりすぎて再現は不可能と思います。)第二インターの社会民主党(原初的な可能性はまだあると思っています。)コミンテルンの国際共産党(これには可能性はほとんど残っていないと思っています。)第四インターの党(よくわかりません。)のいずれとも、ほとんどまったく異なるようなもののように思えますが。いかがでしょうか。
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つか 投稿者:黒目 投稿日:12月30日(月)22時18分10秒
しまだ氏は俺とのやりとりの中で、「政治的に一定の立場に立つ」ということすら出来ないという事が既に明らかになっていると思うのですが。
「セリフの場面を考えて下さい」たあ、よく言ったもんで、セリフの場面場面でテキトーに政治的立場が変わるという立場であると考えれば、しまだ氏のすべてが理解できると思いますが。
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セリフの場面を考えて下さい 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)22時13分28秒
野次馬さん、党員ならば「民主集中」の原則に従って、放置出来ない問題点についての批判を党中央に“集中”する必要があります。しかし、そのような批判は止めて「行動に専念」するとその党員さんが言うので言ったことばです。「ちゃんとした党がなけりゃ、その行動は無意味に近いものになりますよ」といったわけです。大事なことで批判を党中央に集中しないことは党の不存在を考えていることになるからです。不存在の否定理由は、前述した通りです。
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そんなこと 投稿者:野次馬 投稿日:12月30日(月)21時59分23秒
しまださま
どうも、ご指摘のことあたりのニュアンスが「誤解」ないし、コミュニケーション不成立の核心のようですね。「無意味に近い」=「だったらやめたら」と受け取りたくなるのです。それだったら「そんなこと」でよろしいのではないですか?「無意味に近い」のだが、「やっている意義自体はある」というふうにはとれないですよね。もうひとつについては後ほど。なお、資本主義的意識の内容についてはわかりました。
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追記 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)21時55分19秒
山岸的な意識は、労働者の「職業的利益」と関連します。
一方、党のようなものの影響で形成する意識は、労働と労働する者の尊厳を主張し、人が人として扱われることの当然さを主張することです。これは“労”が“使”を圧倒する意識です。
これは、賃金は安ければ安いほど良いという経営者や資本家のみならず、山岸氏のような労働者自身にも広く浸透している意識とは全く相容れないものです。
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野次馬さん、その2 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)21時39分18秒
どうやら、この質問に答えることは、(少なくとも私にとっては)今まで議論して来たことの核心部分に触れることになりますね。
もっともポピュラーな事例で説明します。労働者は、組合をつくることが一般的に良いとされています。そのポピュラーな理由は、「被雇用者」という“職業的な利益”を守り、拡大するためです。山岸という初代連合会長は「われわれ労働者としましては、賃金は多ければ多いほど良く、労働時間も短ければ短いほど良いのでありまして−−−」などと、ちょっとニヤケながらテレビで語ったことがありました。これが、その“資本主義的意識”の典型例です。
これに対して、労働者の賃金は安ければ安いほどいいものじゃない。労働者は人間で、ロボットのような機械ではない。収入が多く、働く時間の短いほどいいのは、何も労働者に限ったことじゃない、生活費の給料以上に働く労働者の収入が少ないほどいいという考えはとんでもない考えだ。そういう態度でしか接しない企業社会であれば、そういう経営者たちの独裁的企業支配を労働者は認められない、という意識で闘う必要があると思います。で、この仕事は不可欠で、そのために党のようなものが必要だと思うのです。
資本主義社会で生きていると、資本主義的意識を持ってもある意味で当然です。これに毒されない党のようなものがどうしても必要だといってるわけです。
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訂正 投稿者:2NO 投稿日:12月30日(月)21時13分27秒
『Re:>ホンネを言うと』冒頭、
「省略し続けて」→「省略しすぎて」 です。ごめんなさい。
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Re:>ホンネを言うと 投稿者:2NO 投稿日:12月30日(月)21時11分47秒
棄寺さん、話を省略し続けてしまったようで、すみません。
> 当方が問題にしているのは、「ただの行き違い」がなんで発生するのか?
> ってえことなんですけどね。それが「些末でひねくれた話」?
いや、もちろんこの「行き違い」の性質を明らかにすること自体、大事な
ことだと思っています。それは、労働通信BBSでの発言でのべた通りです。
しかし、この問題をめぐるもともとの対立点は「大衆運動に関わる党のあ
り方」をめぐるものだと思います。さらに大事だと思うことは、この話題は
このサイトの趣旨に合致したものであり、だからまっぺんさんも重視してい
るのだろう、ということです。
他方、コミュニケーションの原則問題は、それが重要な問題を含んでいる
にもかかわらず、やはり議論の過程で生まれた派生問題です。そして私は、
コミュニケーション問題が解決されたとき、これは「ただの行き違い」(し
かし、大事な教訓を含んだ行き違い)と総括されもともとの話題に専念でき
るだろう、という予断を持っています。この予断をいささか先走って表現し
てしまったのが、「ホンネを言うと・・・」だったわけです。
しかしこれは、棄寺さんの立場から見ると、「挑発」的な発言だったと思
います。すいません。
また、「些末でひねくれた話」と書いたのは、その前のやり取りについて、
コミュニケーション問題を中心にすえる立場から見ても、やはり些末で、もっ
てまわった皮肉の応酬に見えたからです。
> …よりも、くだんのカキコ「Re:ちょっとご無沙汰、外出してました」のほうが、
> 本質に遥かに近いと思うんですが。
この議論は、まず私よりもまっぺんさんとされたほうがよいと思います。私自
身は中立的というか、両方の話題の意義を認めるという立場なので。
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しかし、 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)20時44分24秒
まっぴょんさん、「前提」ならば、なぜ、それが優位なんですか? ○○をやるには○○が前提だ、としましょう。高校に行くには、中学校を卒業できることが前提だ、というような使い方もあり、優先とか優位とかいう意味にはなりません。
しかし、「前提」に“優位性”のある場合もあるかもしれません。でも、それのみで解釈するには、この掲示板参加者特有の体験を理由にしなければなりません。
あなたは、これまでそうしたことで「しまだ祭り」を説明されたことがあります。いうなれば、独自的文化圏の問題でしょうね。でも、それで他文化圏を攻撃するのはセクショナリズムではありませんか?
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訂正、まっぴょんさん 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)20時24分30秒
ごめんなさい。あなたは、私が「必要条件」としたのを「前提」だと主張されてるのですね。
「触れてない」は撤回します。
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野次馬さん、その1 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)20時21分13秒
たしかに、スッキリとしたひとつの理解の仕方ではありますね。
だけど、何かの問題に取り組んでいる時、“そんなことは”というと、突き放したような表現になりますね。ということは、私が共産党員さんがやりたいと言ってることをそんな風に言ったということになります。相手もそういう風には受け取ってないし、ニュアンスが全然違います。
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追記 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)20時03分47秒
まっぴょんさん、「党がなくては」という「条件づけ」は、大衆運動に
とっての党の「道具性」を損なうものでしょうか? そうではなくて、
「道具性」をいうことも「党の優位」をいうことでしょうか?
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まっぴょんさん 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)19時52分30秒
(野次馬さんにはちょっと待って頂いて)
私は、「党がなくては」というフレーズでもって、「党の優位」を語ってるとはいえないと述べています。
これについて、あなたは特に触れることもなく、同じ意見を繰り返されるのですか?
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しまださま 投稿者:野次馬 投稿日:12月30日(月)18時52分02秒
>党派の影響無しに大衆運動が行動する場合、それは自然発生的な行動であって、それを抑えるべきでないのは勿論ですが、だからといってそれを一般的に「権利」だというのは、一般的に資本主義的な意識の影響を受けている自然発生性に迎合することだと思いますが。
要は、「党派の影響無し」の大衆運動については「抑えるべきでない」というタテマエはあるが、そんな一般的な「権利」などをみとめることは、「自然発生性に迎合する」ことであり、よくないことである。ということですか?「資本主義的な意識の影響を受けている」のが何なのかよくわかりません。大衆ですか、大衆の運動のありかたですか?特にいえば、「資本主義的な意識」というのは、ホモ・エコノミクスの行動原理のバックにある意識ということですか?
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ちゃんとした党がなければ行動しても無意味に近い 投稿者:野次馬 投稿日:12月30日(月)17時46分20秒
>しまださま
ひとつのサンプル(症例)として、このくだりを一読して、私が文脈を補って理解したつもりになった内容を恥ずかしいけれど記しておきます。
前衛党が背後に存在し、正しい方向で指導を行なわない限り、いかなる大衆運動を展開してみても、一進一退の部分的な勝利や敗北はあるかもしれないが、それは革命による最終的な社会変革につながるものでない以上、そんなことはやっても意味のないことである。
私の理解が普遍的なものとは思っていません。しまださんが書いてもいないことをたくさん加えていますから。ただ、こういった理解の延長上では、いずみさんの発言は実にすんなり理解できた、という、事実だけをお伝えしておきます。
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コミュニケーションの問題なのかもしれませんが 投稿者:まっぴょん 投稿日:12月30日(月)17時43分45秒
「ちゃんとした党がなければ行動しても無意味に近い」・・・・これはしまださんご自身の言葉です。
これは「ちゃんとした党」の存在を前提としなければならない事、つまり大衆的行動よりも党を優先する考え方が表現されている、という風にしか解釈できません。もしもこれが誤解であり、しまださんの真意を反論者の全員が理解できていなかったのだとしたらその誤解の責任はどちらにあるでしょうか?
また、上記の言葉にはふたつの反論が可能です。
(1)党がなくても行動は無意味ではない
(2)ちゃんとした党でなくても行動は無意味ではない
つまり
(1)「党と大衆運動との関係」として反論するのか
(2)「無謬の党」論と理解してそれに対して反論するのか
ということです。いずみさんの反論「大衆を裏切らない党はなかった」はこの両方に通用するものとなっています。
「お金と生活」の比喩について。この比喩によって「お金の必要性」を言うのであれば、「大衆運動にとって党は必要である」ということを前提とすることになりますが、そうでしょうか? あらゆる大衆運動は、なんらかの形でどこかの「党」をスポンサーあるいはサポーターとしなければならないのでしょうか? その「前提」自体、党派関係者の「傲慢」であると思います。
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まっぴょんさん、いろいろあるけど 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)16時14分27秒
「しまだ祭り」ではいろいろ議論されてます。しかし、一ばんのポイントは、あなたも指摘する下記の事項だと思われます。そこで、これに対する反論を既述の(6)に続く(7)として書きますので、ご返事は先ずこれについてお願いしたいのですが−−−。
【引用開始−−−(3)にもかかわらず、決定的なのは「党がなくては
大衆運動は無意味」という、党を大衆運動に優先するしまださんの考え方
に対する、ほぼ全員からの違和感のほうだったといえます。これは決定的
な対立点といえます。−−−引用終り】
↑について−−−(7)良く考えてみると、私の「党がなくては−−−」という書込みを、あなた(方)が「党を大衆運動に優先する考え」として解釈するのはどのように考えても正当ではないと思えるのです。
ある物Aがなくては、別のある物Bが無意味になるという時、どうしてAがBより優先すると言えますか? Aが無いとBが無意味。これは、AがBの必要条件を言っているのであって、AがBより優位であるという解釈は、どこからも出て来ないと思います。たとえば、カネが無いと、生活が成り立たないというのはどうでしょう。例のとり方が悪いでしょうか。この場合、カネが生活より優先すると言えますか。 もしかして、あなた(方)は、そういう考えになりやすかったりして−−−(ゴメン)
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“コミュニケーション”が聞いてあきれるよ 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)13時52分49秒
葉寺覚氏↓
【−−−。それとも、電脳社会がどんな社会であるか、人間のコミュニケーションがどのように動くかを解析することをすっ飛ばして、「大衆運動に関わる党のあり方」を模索する? ふーん。そんなこと、どうして出来るのかしら。−−−】
てなことをいうけど、こんなこという資格があるのかね。
最初に君は、いずみ氏が「大衆を裏切らない党ってあったか」という反語的主張を、単なる“疑念の表明”だと言ったんだ。これがこの問題での君とのやり取りの始まりだ。
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2NOどのへ 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)04時02分51秒
「Re:ちょっとご無沙汰外出してました」に返事もせず、失礼してます。あそこでは、あなたが言うように他の人に見えない問題だったこともあり、タイミングを失してしまいました。遅ればせながら、私なりに“異文化”の問題に絞って触れてみます。はっきりいって、文化的特色が条件として明示されてない電脳空間であるかぎり、制約は受けないと思ってます。ということは、祭られること自体を私は苦にしないということです。そうでなかったら、この総与党社会を生きてはいけません。管理者に注文はつけますが、管理者の意向は尊重します。しかし、エチケットとして出ていくという考えはぜんぜんありません。私には管理者も異文化ですが、彼が出て行って欲しいといわないかぎり、彼ともケンケンガクガクやりたいです。ちょっと、突っ張った書き方になりましたが。
とりあえず、これだけですが、お話しとこうと思います。
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分かりました 投稿者:猛獣文士 投稿日:12月30日(月)01時39分01秒
表題のとおり
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Re:提案していません 投稿者:しまだ 投稿日:12月30日(月)01時14分29秒
下記のことでした。提案みたいに思ってのことです。
殺意を覚えるのは、何年かに一回にしてほしい 投稿者:猛獣文士 投稿日:12月29日(日)00時13分19秒
罵詈表現は別にして正当などという議論は、本質をはずしていると思いますよ。議論には、表現方法自体も含まれているのだから、いかに正当なことを述べても、
この馬鹿やろう、あほんだら死にたいのか
などという表現でそれをいったら、もう正当ではないと考えるべきでしょう。
それから、今の若いこはすぐに切れて殺意を覚え、それにとどまらずに実行したりするのが多いといわれていますが、そのような物騒な感情を、誤解しながら意見交換する顔も見えない掲示板の議論で、簡単に感じてもらっては困るんです。
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提案していません 投稿者:猛獣文士 投稿日:12月30日(月)00時47分31秒
しまださん、
>>かような現状を、今のところは尊重します。そのうえで、どうしても納得がゆかなければ、
>>異論を申し添えるか、さもなくば出ていけば済む話ですし、もしもそのように、当方が
>>感じるに至れば、漏れは、当然、そのように致しますが…。
BBSでは、場の雰囲気に乗れない人は、遠慮して他のBBSを探すのがエチケットだという
ことです。そのときの、最終的な決裁権を持つのは、独裁者にして全能の(これは余計?)
管理人さんということ。
↑
この部分も、葉寺さんの書き込みに対する注解で、私の提案ではありません。細かいこと、
瑣末なことをこだわってすいません。
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>この議論の「本質」は大衆運動に関わる党のあり方についての議論」と言ってるんだから、そっちに集中してええやん。 投稿者:葉寺覚明
投稿日:12月29日(日)23時55分48秒
…よりも、くだんのカキコ「Re:ちょっとご無沙汰、外出してました」のほうが、
本質に遥かに近いと思うんですが。
「文化」からの解放を模索しているのに、みずから「文化」に呪縛されようとしちゃう、
しかも「瑣末」「ええやん」で済ませようとするなんて、がっかり。
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>ホンネを言うと 投稿者:葉寺覚明 投稿日:12月29日(日)23時50分00秒
当方が問題にしているのは、「ただの行き違い」がなんで発生するのか?
ってえことなんですけどね。それが「些末でひねくれた話」?
それとも、電脳社会がどんな社会であるか、人間のコミュニケーションが
どのように動くかを解析することをすっ飛ばして、「大衆運動に関わる党の
あり方」を模索する? ふーん。そんなこと、どうして出来るのかしら。
ハナシの流れを正確につかむとしたら、「本質」じゃなくて、「ことの始まり」と
表するほうが、むしろ適当でしょう。なにぶん、漏れは「大衆運動に関わる党の
あり方」が「本質」などとは、最初から考えてもいないし。
もしかして、いかなる場合でも、どのような提示のされ方をされたとしても、
「議題」(=「大衆運動に関わる党のあり方」)を、受け入れなければならない?
それとも「問題の根深さ」を探究する方法は、1つだけに「集中してええやん」?
もっとも、「人民の多様な生活から出てくる多様な意見・発想・枠組み・感性への
柔軟な理解力」を、みずから放擲なさるのであれば、これ以上は申しませんが…。
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ホンネを言うと 投稿者:2NO 投稿日:12月29日(日)23時11分22秒
またまたそろいもそろって、なに話してんの? どーでもえーやん、んな些末でひねくれ
た話は。まっぺんさんが「この議論の「本質」は大衆運動に関わる党のあり方についての議
論」と言ってるんだから、そっちに集中してええやん。はっきり言って、その他の話は、た
だの行き違いよ、行き違い。こだわってなんになる?
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Re:注解 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)22時56分11秒
猛獣文士さん、どうもありがとう。
いや、全面的に納得です。お手数掛けます。
まっぴょんさんがOKしてるようだから、それでいいんじゃない、という返事ですね。(はー、なんだ、たしかに難しい)
ということは、まっぴょんさんから注意を受けない間は、使ってもいいということ。
なんか、主体性無いみたいね。参加者が“民主的”に意向をまとめてまっぴょんさんが異議なけりゃそれがいいんではないかと思うけど。(それが管理者の意向にも沿うと思われる)
で、猛獣文士さんが提案したことに私も賛成。
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注解 投稿者:猛獣文士 投稿日:12月29日(日)21時57分23秒
葉寺さんの論理は難解なので、慣れていないと意味が分からないので、私が注解します。
>>当該の用語が用いられる「場」において、そこでの文脈とかTPOとか、
>>はたまた「文化」とかに応じて、規定されるものと思われます。
1.当該の用語とは、うつに対する氏ねのことか、うつと氏ねの両方かと思います。
どちらをとるかによって、少し意味が変わります。氏ねなどといっても、仲間同士
分かっていればかまわんという意味か。
>>まあ、より具体的な返答を強いて申せば、党首同志がそれを否定しておられないうえ、
「党首同志」は、このBBSの主催者で、独裁統治者(BBSの主催者にはこの属性が要求
されるようです)であるまっぺんさんです。
>>当方にも、それについて申し添える必要性を、今のところは感じておりませんので、
つまり、まっぺんさんがいいといっているのだからいいんじゃないということ。この場合、
当該の用語が「氏ね」だけにかかるのならば、いずみさんだけが無罪、「うつ」と「氏ね」の
両方にかかるのならば、しまださんも無罪です。
>>かような現状を、今のところは尊重します。そのうえで、どうしても納得がゆかなければ、
>>異論を申し添えるか、さもなくば出ていけば済む話ですし、もしもそのように、当方が
>>感じるに至れば、漏れは、当然、そのように致しますが…。
BBSでは、場の雰囲気に乗れない人は、遠慮して他のBBSを探すのがエチケットだという
ことです。そのときの、最終的な決裁権を持つのは、独裁者にして全能の(これは余計?)
管理人さんということ。
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はじかくさんよ、何故 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)21時55分55秒
いずみ殿下に、私が“死の恐怖”を感じたかと聞いたのかな。
いずみ殿下が私に“死ね”といったことがあるから、それで恐怖を感じなかったか、と?
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党首に“同志”をつける 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)21時23分49秒
者がいるとは。おぬしの方がもっとカワユイよ。
そうですか、一人ですか。して、お名前は?
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相変わらずのトンチンカンぶりで(ばくしお) 投稿者:葉寺覚明 投稿日:12月
29日(日)21時12分41秒
>貴殿にとってはいずみ殿下が党首ですかな。党首に逆らってはいけません。
> ところで、「党首同士」とのことで、党首が二人いると思われ。それを知りたい
>ですな。一人はレッド・モール党を名乗る方、もう一人は何を名乗っておいでで?
> して、どなたで?
「同士」じゃなくて、「同志」だっての。まちがえちゃうなんて、かわいい!!
「同士」だから、「党首」が複数!? ほほえましいなあ!!
こんな訳の分からない、まったく答えになっていない「返答」を、
何遍も貰っている人間に対して、「論証すべきじゃないのですか?
あなたはそれをやっていない。」と書かれても、すげい困るんですケド>2NOさん
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死の恐怖??? 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)20時36分53秒
どうやら、返答が難しい質問だったようで。貴殿にとってはいずみ殿下が党首ですかな。党首に逆らってはいけません。
ところで、「党首同士」とのことで、党首が二人いると思われ。それを知りたいですな。一人はレッド・モール党を名乗る方、もう一人は何を名乗っておいでで? して、どなたで?
有り難くも、いずみ殿下が私のもとへ下向されるとゆうお話。
ま、どういうわけか、出水(いずみ)というツルの越冬で有名な所がありまして、そこへ行かれるついでということでした。それで、私得意の「妄想力」を働かせまして、ツルをご覧遊ばすかと思い、遠方より下向されるゆえ、手前が行きか帰りかのどちらかに「同乗」すれば時刻変更も必要なくお帰り頂けるのではと申し出たのであります。が、そこはさすがに殿下のこと、グリーン車を予約している云々といつものようにカッコいいところをお見せ頂きまして、いたく私が妄想したことをお怒りになりました。そこで、これは殿下にオメモジ頂いてはその場で手打ちもと怖れた次第です。でもまあ、ありていに申せば、さほどの恐怖はなく、私めが時刻変更も必要ないようにという申し出をケシカランことのように申されたので、こんなツマラン人間もいたかと私の方がむしろ怒ったのであります。
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>君はどう思う? 投稿者:葉寺覚明 投稿日:12月29日(日)19時32分07秒
他の部分はともかく、当該の部分においては、漏れは当事者ではないので、
なんで漏れに振られるのか、さっぱり分からないし、設問の内容が
抽象的ですから、それに応じた回答しかできかねるのですが…。
まあ、それでよければ返答しませう。
ああ〜ぼくって、あかでもないのに民主的((C)サイバッチ)
当該の用語が用いられる「場」において、そこでの文脈とかTPOとか、
はたまた「文化」とかに応じて、規定されるものと思われます。
まあ、より具体的な返答を強いて申せば、党首同志がそれを否定しておられないうえ、
当方にも、それについて申し添える必要性を、今のところは感じておりませんので、
かような現状を、今のところは尊重します。そのうえで、どうしても納得がゆかなければ、
異論を申し添えるか、さもなくば出ていけば済む話ですし、もしもそのように、当方が
感じるに至れば、漏れは、当然、そのように致しますが…。
これでよろしいでしょうか?
じゃあ。こんどは逆に質問をぶつけてみますね(はあと)。
ところで、わがいずみちゃん同志は、しまだたんに会おうとか書いていますたが、
そのとき、しまだたんご自身は、「死の恐怖」やらを感じられたのでせうか?
やり取りを見ている限り、感じていなかったように見えるし、それなら、いーじゃん。
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葉寺覚明さん 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)18時38分19秒
私から、内容について議論できるように提案しよう。
いずみ殿下は、ウツという言葉を使うなという相手に“死ね”と言えるというのだけど、君はどう思う?
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それはそうと、まっぴょんさん 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)18時30分29秒
(6)私の文章をあなた(方)が誤読したのは、私の責任ではない、という反批判はどうだったのでしょうか。書いてある通りに読んでもらってないという私からの抗議、共産党はダメなどという共産党員さんに向かって失礼になりかねないことは言っていないという私の言い分、全面的に認めてもらえないでしょうか。
もし、認めてもらえなければ、私のいう意味でなくて、「共産党じゃダメ」というふうに受け取れるところを指摘して下さい。(まだありますが、まずはこれくらいに)
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Re:しまださんと2NOさんへの若干の反論 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)17時46分45秒
(1)「無意味」に「近い」をいれるかどうかは、私のように支持党派無しの者にとっては大事だと思いますが、極論が許される場合は「無意味」と断定してもいいと思います。
(2)党の建設や大衆的な運動で、レーニンに「何をなすべきか」を実行したことに問題があるのではなくて、反対に、実行しなかったことに問題があるのでは、と言っているのです。
(3)あなたもご存知の「指導の危機」は、何も変わっていないわけです。その把握や他の問題との連関について違って来たし、今でも違っているということではありませんか。(私は、大衆的な運動が党をつくると思ってたので、党建設論の一人歩きと闘うために離脱しました。)
(4)あなたの党と大衆の捕らえ方には疑問があります。「大衆の自主的判断によって、党の方針が認められ」とか「大衆運動は独力で行動する権利がある」というのを聞くと、党と大衆にはダブりがないかのような印象を受けます。党は大衆の中にあるものです。「自主的」とは、大衆の一人である党員や党支持者がイニシアティブを持って他の党員や党支持者、あるいは支持政党無しの者に方針を提起することです。党派の影響無しに大衆運動が行動する場合、それは自然発生的な行動であって、それを抑えるべきでないのは勿論ですが、だからといってそれを一般的に「権利」だというのは、一般的に資本主義的な意識の影響を受けている自然発生性に迎合することだと思いますが。
(5)「党がちゃんとしていなければ大衆運動は無意味に近い」というのは、党派形成の立ち遅れをいうのであって、過去より現在に近くなるほどますます切実感の増す認識でしょう。現在の無党派層の増大を思えば当然ではないでしょうか。あなたは、その時代的背景を認識して、それに「理解」を与えようとしてるように思われます。それは、われわれが支持するものでも、又抑えるものでもないでしょう。それはまさに自然発生的なのですから。
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ぜんぜんキレてはいないよ 投稿者:しまだ 投稿日:12月29日(日)16時31分59秒
いいわるいは別として、主張や意見など内容のないものには議論の生産性がないからだよ。それだけじゃない。時間が経つと、何にことを言ってるか分らなくなるし、調べるのも骨折れるからだ。
発言に「論理がない」などぜんぜん思ってない。要するに、問題の対象がハッキリしないとただのケンカになると思うだけ。そして、ケンカはしたい時にするだけ。相手になるかならぬかはこっちの勝手というわけ。
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しまださんと2NOさんへの若干の反論 投稿者:まっぴょん 投稿日:12月29日(日)16時17分25秒
「無意味」ではなく「無意味に近い」という事、了解しました。私の言い方は正確な表現ではありませんでした。訂正いたします。しかし、それでも本質としてはかわらないように思います。なぜなら、この議論の「本質」は大衆運動に関わる党のあり方についての議論であるからです。
「党がちゃんとしていなければ大衆運動は無意味にちかい」というしまださんの意識は、70年代か80年代くらいまでの多くの新左翼党派のほぼ共通する意識でした。そうであるからこそ、その意識から引き起こされた問題=党派による大衆運動の引き回しについて重大視しなければならないと思うのです。私は党の役割を否定しているのではありません。しかし、かつてのような理解の仕方ではいけないと思っているのです。まさしく「なにをなすべきか」を始めとするレーニンの「党組織論」が今われわれに問われている。
党はそれまでの経験の蓄積のうえにできるだけ正しい予測を立て、情勢に対して正しく介入していこうとします。しかし、それでも、その予測がはずれることはたくさんあります。また大衆に対してただしく介入しなかった場合もたくさんあります。しかし、大衆運動は、党派がどう思っていようが、そんなことにはお構いなしに、独自の判断によって運動し、発展も衰退もしていきます。大衆運動は独力で行動する権利があるのです。
それに対して党派が介入するのは「党派の権利だから」では 黷轤ヘ特に混じりあうこと
もなく(別途や チ言わざるを得ません。
そうですか。う〜ん。「戦争反対」ってのは、人が死ぬ事への異議であるわけで、米支援が体制延命・餓死者増大をもたらすなら、「米支 制に対して世界中の人々
が南ア製品ボイコット運動を展開した時の南アの闘う人々が何 報じてたけどね。
こっちのほうがむしろ決定的証拠なんだ ニ;qhP