四トロ同窓会二次会 2004年8月21日〜24日
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<8・28市民集会> 許さない!連続・大量差別ハガキ事件 投稿者:北@仙台 投稿日: 8月24日(火)13時58分49秒
[aml 40820] 【転送転載希望】<8・28市民集会> 許さない!連続・
大量差別ハガキ事件より転載です。
梁です。部落差別に反対する集会のご案内です。
昨年五月から全国の被差別部落出身者に対して悪質な差別ハガキが送りつけられると
いう事件が発生しています。その数は今年6月までで450件、そのうち都内だけで
350件に上っています。また差別ハガキは在日朝鮮人や被差別部落出身者の名を
騙って出されており、加えて送り先は在日朝鮮人団体や障害者団体、ハンセン病療養
所入所者にまで拡がっています。
この極めて悪質な差別事件に、国立市民が声を上げます。興味のある方がいらっしゃ
れば是非参加してください。
(以下、転送歓迎!)
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□■□■許さない!連続・大量差別ハガキ事件□■□■
■■■■■■■■8・28市民集会■■■■■■■■■
◆プログラムより
・経過報告
宮瀧順子さん(部落解放同盟東京都連合会・国立支部長)
・国立市の取り組み
上村和子さん(国立市議 こぶしの木)
・それぞれの立場から
国本衛さん(ハンセン病国賠訴訟全国原告団事務局長)
金東鶴さん(同胞法律・生活センター)
郡司實さん(障害児を普通学校へ・全国連絡会)
名谷和子さん(多摩同和教育研究会)
・国立支部青年部から
宮瀧龍さん(部落解放同盟東京都連合会・国立支部青年部)
・友情出演
たまっこ座による演奏
など
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◆日時:8月28日(土)午後1時30分〜4時30分
◇場所:国立商協ビル二階大ホール
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昨年五月から、全国の被差別部落出身者に対して、悪質な差別ハガキが送りつけら
れるという事件が起きています。
さらに関係者の名を使って高額な品物を注文して送りつけたり、電気を止めたりと
いういやがらせが執拗に続けられています。被害者は、個別に警察に告訴したりして
いますが、いっこうに収まる気配はありません。
国立市でも同様の差別ハガキ事件が起きています。
また、差別ハガキの送付先が、ハンセン病療養所入所者や、障害者、在日朝鮮人へ
と拡大し、差別事件はエスカレートしています。
国立市では、当事者の要望を受けて、この差別ハガキ事件を部落差別であると認
め、市の広報での啓発、職員への研修を行うことを表明しました。
私たちは、市民として、問題を行政にゆだねるだけでなく、差別を憎み、差別を許
さない、という市民からの世論を巻き起こしたいと思います。そのために、多くの市
民の皆さんに、この差別ハガキ事件の事実と差別の現実を知っていただき、ともに差
別を許さない!という声を上げていきたいと思い、集会を開きます。
ぜひ、ご参加下さい。
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◆参加費:500円
◇主催:許さない連続大量差別ハガキ事件8・28市民集会実行委員会
代表 難波広 連絡先:042−573−4010(宮瀧)
◆賛同団体
部落解放同盟東京都連合会・国立支部/戦争と差別を考える会/国立の教育を守る
市民連絡会/就学時健診と義務教育を考える国立市民の会/就学時健診を考える府中
市民の会/生活安全条例はいらないんじゃないの会/立川自衛隊監視テント村/多摩
地区同和教育研究会/チマ・チョゴリ友の会/辻つじ反戦流しの会/東芝府中働く者
ネットワーク/同胞法律・生活センター----------------------------------------------------------------------------
相手を思いやること 投稿者:北@仙台 投稿日: 8月24日(火)13時23分28秒
たとえば、某Kotetu氏がやっているように、
「このアホバカ腐れ赤豚○○○、ずっと亀頭こすりしてろ!」
なんてあちこちに書かれたらどう思いますか?
ま、この例は相手が相手だけにどうでもいいと聞き流せますが・・・(W
「らい」という言葉が、如何に患者をそして民衆をして、どのように
扱われたかは歴史が示すとおりです。無理やり隔離させられ、人間の尊厳をも
断たれてそれでも生きなければならなかった患者たちを、そこまでさせた言葉。
学術用語として歴史的にあるからということやそれが過去の文章の中での
「言葉の文化」としてすましていられるかということです。
その言葉を聴くたびに過去虐げられてきたことを思い出させる、そのことを
あなたはどう思うかっていうことです。
折りしも東京では
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昨年五月から全国の被差別部落出身者に対して悪質な差別ハガキが送りつけられると
いう事件が発生しています。その数は今年6月までで450件、そのうち都内だけで
350件に上っています。また差別ハガキは在日朝鮮人や被差別部落出身者の名を
騙って出されており、加えて送り先は在日朝鮮人団体や障害者団体、ハンセン病療養
所入所者にまで拡がっています。
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などということが起こっております。
過去の文章の中、小説の中でその言葉を書き改める運動ではありません。
それらを反面教師としながら自分が使わない運動なのです。<差別語糾弾
それが私が自分に課している「差別語」を使用しないことの理由です。
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「へら」さんへ 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)12時34分53秒
「怒ってない」って−−−、怒ったっていいじゃないですか。
わたしはあれからちょっとだけど、勉強したんです。
そして、からだに関係あることを否定的な表現に使うと、障害を負った人
への配慮が無いことになるな、とか思ったのです。
私が注意されたことを棚に上げて注意するわけにいかないので、私のこと
を書いたわけです。
ただ、ハンセン病を「らい病」といってはいけないとかいうのがありま
して、行き過ぎではと思うのもありました。あまり、神経質になると、言
葉は文化の現れでしょうから、相手に言葉狩りのように思われることがあ
るでしょうね。
私は注意されたことを謙虚に受け止めるべきだと思っていますが。
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外部注入というより、資料参照促進じゃないですか? 投稿者:noiz 投稿日: 8月24日(火)11時59分8秒
情報資源が相対的に入手しやすくなった昨今、それだけ事物を相対化する
契機が増えているのも確かでしょう。少なくとも1917の時代と比較すれば。
でも、しまださんが言うように、ネットによる「自主煽動」(なんか変な
言葉だな、笑)が実体的には未だ補完的な位置にあるというのも分かるよ
うな気がします。
メディアとしては視覚情報を伴っているテレビがやはり一番影響力大きい
ような、、、って感想にしかすぎませんけど、それに比較すれば、「文字
情報を読んで、頭で理解する」という作業が必要なネット媒体での「煽
動」なんぞよりはるかに即時的かつ圧倒的な影響を発揮するんでしょう。
テレビ見てなきゃ、オリンピックで応援がどうとか、そんなに騒ぐことも
ないと思うんですよねえ。。。。 実際テレビを持たない私は、ネット上
の日記やら掲示板やらで皆して何を騒いでいるんだろうと思って、新聞社
系のウェブサイト見てようやく事態を呑み込んだというね。
なんか多くの人がテレビ見過ぎなんじゃないかと感じる。排外的なナショ
ナリズムの煽動とメディアとの関係は、やはり問うてしかるべきだと思い
ます。かつてナチスは、ユダヤ人商店の排斥のために、街の至る所に煽動
ポスターを貼りまくった。
テレビを見る、などの受動態は、確かに煽動上都合のいい態様であるには
違いない、が。それでいいのか。
すんません、話脱線させすぎですね。
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失礼やが、しまださんには残念… 投稿者:真鯛 投稿日: 8月24日(火)11時55分30秒
「改憲や!」、「否、その前に弾劾や!」と主張仕合ってた時は、しま
ださんの主張に学ぶべき点があるのでは… と勝手に期待してた。
しかし、弾劾→改憲→反体制勢力に対する弾圧を目的に含む軍隊の創設を
主張。 更には、当て字で差別用語を連発(挑発にのり、当て字
を使わず表現したワイも目糞鼻糞だが…)。
終いには、「大いなる愛」、「ヒユーマニズム」ときた。
思想、主義、主張とゆうよりはまるで排他的宗教や。
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狩るより議論 投稿者:「へら」 投稿日: 8月24日(火)08時20分29秒
> すごく怒られま
わたしのことかな? 特に怒ってはいないですが、そういった言葉を思慮
無しに使う人の主張は個人的には信用はしたくないですね。
おもしろがってつかっているんでしょう? いちびってことさらにつかっ
ているのは。揶揄する意で。
他者を思いやる想像力に欠けている方々に政治だとか人間解放とかを語ら
れてもねえ。
公的な掲示板で、他人を傷つけるようなことをいうのはマナーとしてどう
かと。
マルクスうんたら以前のはなしとして。
こう感じるのは私だけかな。まあ、この掲示板の作風というより私の個人
的な感想として書き込みです。脇から口をだしてすいませんねえ。
寛容な掲示板とはいえ、7.7 華青闘の告発とかが話題になる掲示板でこう
いった発言が無自覚におこなわれるのは残念なことです。
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たしかにそういうことをする国もあります 投稿者:改憲派 投稿日: 8月24日(火)07時21分6秒
>「煽動」の傲慢性の問題はもういいのですか。サッカーなんかに見る
>「応援」も立派な煽動でしょ。
以下には権力に盲従し、政治問題をスポーツにもちこむ基地外サポーターに関するリンクです。
盲目的に言葉狩りに没頭する人にも辟易しますが。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040817-01986648-jijp-int.view-001
http://popup5.tok2.com/home2/usam/fenn/20040726_r.htm#japanese_falsity20040726
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でも、「外部注入」が出来ないわけじゃない。 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)02時02分52秒
先日、テレビ朝日の「領土侵害」騒ぎのことで久しぶりにここに書込みし
たけど、次の日電話が通じたので言ってやったんです、「マスコミは一方
的に情報を流すことのできる大きな権力だろう。それが分かっててあんな
放送をしたのか。」と。
でも、こうやって、インターネットがあることで「煽動」も少しは出来
るようになりました。
「各自流動論というべきフローに取って代わられている」というのは、な
んか見当ちがいみたいに思いますが。
そりゃそうと、「煽動」の傲慢性の問題はもういいのですか。サッカー
なんかに見る「応援」も立派な煽動でしょ。シゴキになっちゃいけませんが。
資本の支配に思想的に屈従していた者が、煽動によって闘うようになる
ことは、人間解放的なことだと思うんですが、どうしてそれが「傲慢」で
しかないのですか。
そりゃそうと、話は違うけど、「盲従」とか「文盲」率とか使っちゃい
けませんよ。私、「基地外に刃物」と書いてすごく怒られました。
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ボルシェビキに死を! 投稿者:自由の使徒 投稿日: 8月24日(火)01時47分22秒
赤い帝国主義者ボルシェビキに死を!
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あの時代の日本 投稿者:野次馬の視線 投稿日: 8月24日(火)01時36分30秒
車会党なんていうのがあったのですから、
都市プロレタリアというのは日本の方が先を行っていたかも。
この辺の観念って、「坂の上の雲」系右翼にはあまりないような。
大蔵貢の「明治大帝と日露大戦争」って、つくる会の方たちはあまり
問題にしませんね。戦後の歴研系の教科書より、
あの頃の実態をうまく把握していると思います。
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いや、あの時代のロシアは外部注入論 好!でしょう 投稿者:TAMO2 投稿日: 8月24日(火)01時28分14秒
文盲率90%、農村に囲まれた都市、農村から出て来たばかりのプロレタリアート。
翻って、今の#日本#はどうでしょうか。その気になれば、かなり多くの情報がインターネット
や図書館で労働者大衆もアクセスできます。自覚的・先進的労働者はヘタレ・インテリなしで、
十分に理論武装できます。※小生の「電子化」もそういうことを意図しています。それを阻害す
るのはry。いや、仕方ないんですけど。
外部注入論は、各自流動論とでも言うべきフローに取って変わられているというのが現状ではな
いでしょうか。amlやこの掲示板が良い例であると思います。
ところが、未だに外部注入論とは裏腹の前衛党主義の党派が闊歩しているわけですな、日本のマル
クス主義界隈は。少なくとも、そういう態度の党派とは小生は一線も二線も画します。
(前衛党が不要と言っているわけではありません。ただ、前衛党の意味合いはレーニンの時代と
は違うだろうと思うわけです。)
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けしからん「プロ独裁」、これも 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)01時20分0秒
「教条」のひとつです。
われわれは、経験や思考から、「教訓」とか「法則」とか「教え」とかを使って生きています。
もちろん、オリジナルな対応をする場合もあります。
「教条」を適用すること(教条的であること)が、いいとか悪いとか一がいに言えないでしょう。
教条の適用が誤っていても、それを繰り返したり適用したこと自体に重大
な誤りがある場合に「教条主義」という批判がなされるべきでしょう。
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>外部注入論(TAMO2さん) 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)01時04分20秒
下に書いたとおり、「なになす」を何よりの「煽動指南書」と考えております。
外部注入論に反対と聞いて、この辺が違いのもっとも鮮明になるとこかなと思い
ますが。(^_^)
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プロ独裁の話をしてるつもりです 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)00時51分49秒
「なになす」もプロ独裁に関係してると思います。
TAMO2さんがいわれるように、「労働者・農民大衆の革命的積極性の培
養」でなく、「労働者大衆の−−−」ですから、「独裁」への「差別」があるわけです。
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黒目さん、ヒューマニズム的見地からの対応 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)00時45分41秒
というのは、ことさら「立派」というようなことじゃないでしょう。
「人道主義」や「ヒューマニズム」は、レーニンも「小ブル的」といって
て、じっさいにそうだったんですから。
それから、それを「指導原理」なんて言ってませんよ。
「煽動原理」といわれるなら、その通りです。「煽動」なんてトンデモナ
イといわれるかもしれませんが(?!)
まあ、しかし、「プロ独裁」を言う以上、受け入れられるものは無いようですね。
ところで、黒目さんは、「プロ独裁」に代わるどのような考えを持ってるんですか?
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レーニンの主意性への批判はほうぼうから巻き起こっていたわけですが・・・ 投稿者:TAMO2 投稿日: 8月24日(火)00時43分4秒
>「社会主義革命を起こし得たと思えば教条的に適用するのは当然でしょう」
そうでしょうか。おっしゃるとおり、農民を含む大衆はパンと平和(と土地)を要求していた
のであって、それを担ってくれる限りにおいて、大衆はボリシェヴィキおよびボリシェヴィキを
支持したメンシェヴィキ左派・SR左派を支持したわけです。だが、だからと言って、(結果か
ら見てわかるように)大衆は記帳と統制(簿記と監査)の路線とか、戦時共産主義的政策を支持
したわけではないです。
事前にはわからないという反批判も可能でしょう。だが、その後に起きた農民の反乱、そして
農村に親族のいる労働者の反乱は何を意味するのでしょうか。これらを受けて、政策を変更する
のが革命政党ではありませんか。だが、ボリシェヴィキ一派はすぐにはそうしなかった。反乱者
に反革命という誤ったレッテルを貼って。
農民大衆と深く結びついていたSR左派らが何に怒っていたか、ボリシェヴィキは理解せず、
弾圧でもって答えたわけですよ。改憲派さんが書かれたような苛烈な状況になったにもかかわ
らず、に。レーニンは革命前に一貫して、労農同盟を主張していたわけですが、決定的局面で
悪しきマルクス主義の教条を適用したわけです。教条というなら、そのような道は、エンゲルス
が厳しく禁じた方法ですよ。
ちなみに、「さしせまる破局」〜しばらくのレーニンの書物は、読んでいて「それは違うだろ」
とかなり思いながら読んでいました。小生はどこかで書きましたが「レーニンさん、あんたの
脳内プロレタリアは実在するプロレタリアと大分違うぞw」と思いながら読んでいましたよ。
正直、この時期のレーニンには余り納得できる記述はないです。わかることは、苛酷であった
ということです。レーニンの偉大さは、ネップにこそ現れると思います。これは、単に農民
層との妥協に留まりません。小生が下で書いた「人間の自然」との妥協であり、社会主義へと
社会を導く糸口を掴むための唯一の方法であったと思います。
>階級性があるのに、全く無いものとして考えよということになりませんか?
違います。プロレタリアートの指導性は、天から降ってくるのではなく、各階級の闘争の実践
から導きだされる実践的なものであり、そのような階級がなくなるわけではありません。問題
はプロレタリアートの指導性が所与の前提として、社会や運動に押し付けられる構造であり、
政治です。
意地悪くて古い突っ込みをしますと、外部注入論はいかなる状態で容認されるのか、そういう
問題があると思います。どうしても、マルクス主義の傲慢さを感じるのです、昔から。
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いや、だから 投稿者:黒目 投稿日: 8月24日(火)00時24分20秒
「なになす」とかの路線を行った結果がアレなわけでしょ?
その後の諸々の「社会主義国家」でも、どこにいっても官僚制という状況
が現実にあるわけで・・・・
というか、「武装したプロレタリア国家」の話してた筈なんですが(苦笑
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TAMO2さん、しばらくでした。 投稿者:しまだ 投稿日: 8月24日(火)00時14分13秒
>どうして人間の自然(歴史的に培われた俗物性をも含む)に反したよう
な経済措置が、行なわれたのでしょうか。(TAMO2さん)
「経済措置」とは、教条的な社会主義綱領的措置のことでしょうか。そ
うだとすれば、はじめての社会主義革命であっても、先ずは市場経済の積
極活用を考えるべきであったと主張していることになります。これは、同
じ過ちを犯したというなら別ですが、社会主義革命を起こし得たと思えば
教条的に適用するのは当然でしょう。もちろん、許されぬ過ちもあります
が、「許されぬ過ち」だというのでしょうか? 私はそうは思わないの
で、教条的適用だからスターリン主義的過ちだといわれるなら、TAMO2さ
んは官僚主義と通じる無謬主義だと思います。
>「プロレタリアートの指導性、優位性」を呼号し、人間に優劣をつけた
ようなボリシェヴィキの「指導」(TAMO2さん)
どうも、上記といい、これといい、マルクスやレーニンの著作の電子化
(というんですかね)という作業までして頂いてる方の発言とは思われま
せん。プロレタリアートに独特の歴史的使命を見出すことが、どうして
「人間差別」みたいになるのでしょう。階級性があるのに、全く無いもの
として考えよということになりませんか?
レーニンの「経済主義批判」や「自然発生性への拝跪批判」は、それが
なければロシア革命も起きなかったであろうようなマルクス主義的政治哲
学ともいえるものです。少なくとも、それが述べられている「何をなすべ
きか」には、人間解放的な政治哲学があります。この考え方が何よりも官
僚主義を排除するものだと思いますが。
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レーニンの苦悩 投稿者:改憲派 投稿日: 8月24日(火)00時01分23秒
レーニンは晩年、「私は官僚制を倒すために戦ってきたが、もう1つの官
僚制をつくってしまった」と言って自分の起こした革命の意義に懐疑的に
なり苦悩したと言われています。とはいえ、レーニンは白色テロルや革命
に介入する帝国主義だけにではなく、千や万単位の農民にも革命の矛先を
むけております。虐殺の総数を年単位に換算しなおすとその数はスターリ
ンを上回るとさえ言われているのです。
レーニンがスターリンほどその残虐性を非難されないのは、権力を掌握し
た期間が単にスターリンよりも短かったというだけのことなのです。
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つーか、ボルシェビキって 投稿者:黒目 投稿日: 8月23日(月)23時39分40秒
官僚制を発生させない為にメンシェビキやアナキストを弾圧してたのか?
なんか、そおゆう層を全滅させたのちに、スターリン主義は登場している
と私ゃ認識してるんですが。
んで、ヒューマニズム云々ですが、そおゆう「御立派な指導原理」はこれ
までに散々開発されてきているわけです。文面だけなら、スターリンだっ
て金日成だってポル・ポトだって、実に立派な事をいっておるし、現にそ
れに騙されていた人は世界中にいっぱいいるわけです。
問題は「御立派な指導原理」を掲げながら、なんでああゆう事になってし
まうのか、という事ではないのか?これまで失敗した社会主義体制につい
ても、なにもああゆう風になろうと思ってなったわけでもありますまい。
(まあ、ああゆう風になろうと思ってやってる奴もいるのは間違いないで
すが。)
それは「プロ独」という構想そのものに、腐敗への契機が内包されている
んとちゃうんか、という事を言っておるのです。
まあ、しまださん式の「プロレタリア国家」に於いては、俺なんかはかな
り最初の段階で殲滅されるに決まっている層であるわけですが(w。
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しまださんの(ヘ)について 投稿者:TAMO2 投稿日: 8月23日(月)22時31分15秒
noizさんの書いておられることの補足になるかも知れませんが、(ヘ)のレーニン像は、
1917年12月頃(憲法制定会議を強制解散した頃)〜クロンシュタットの反乱にかけての
レーニンには、当てはまらないと思います。
「人間だから、食べられて当たりまえ、命の危険がなくて当たりまえ、省みられないのはトンデ
モナイこと」ならば、苛酷な状況ではありましたが、どうして人間の自然(歴史的に培われた俗
物性をも含む)に反したような経済措置が、行なわれたのでしょうか。その結果が、エクスであ
り、処刑乱発だと思うのですよ。アナキスト・メンシェヴィキ・SRは「プロレタリアートの指
導性、優位性」を呼号し、人間に優劣をつけたようなボリシェヴィキの「指導」に強く反発した
と思うのですよ。
確信犯的な敵以外の他者(ここでは農民などの中間階級)に信任されてこその指導だと思うので
すけど。勿論、徐々にですがレーニンも自らの過ちに気づいていきましたけど、その自己批判は
極めて歯切れの悪いものであると思います。
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納得出来るなら、帰依してもエエんじゃ? 投稿者:TAMO2 投稿日: 8月23日(月)22時15分10秒
黒目さんのおっしゃることも分かりますが、例えばローザ・ルクセンブルグって人は、資本論
を悪意をもって裏読みしつつ読んだけれど、結局はマルクスの立論に納得せざるを得なかった
とどこかで書いています。そういうことの繰り返しで、彼女はマルクス主義者になったわけで
しょう。ただ、そういう思考回路は一旦何か違和感を感じると、容易にバーストしちゃいますw。
歴史的には、プレハーノフに対するレーニン、ベルンシュタインに対するカウツキーなど。
全くの盲従なら、その限りにあらずww。
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結局、すべて触れることになりましたね 投稿者:しまだ 投稿日: 8月23日(月)17時26分45秒
しかし、考えを述べさせてもらえて喜んでます。
つまり、たとえ過去は仕方なかったと認めたとしても、これからはそれ
を克服できることを示すべきだと。全く、同感です。黒目さんの「なぜ、
(1)〜(6)でなければならないか」にも間接的に答えることになると
思います。(プロ独裁の必要をどのようにいっても、問題とされることに
答えることにならないでしょうから。)
(イ)ポルポトや金正日の問題も含み得る問題として、問題は官僚主義の
問題とする。
(ロ)この官僚主義は、単にその問題性を指摘しそれを否定するだけでは
克服されない問題であると考える。これを意識的に克服するものとしての
運動展開が必要であり、その如何に掛かっているように思われる。
(ハ)官僚主義は、人間性尊重主義の反対思想であるが、過去、ヒューマ
ニズムは、政治的問題の補完物として考えられたために非難、排除すべき
ものであった。だが、マルクス主義自体も政治・経済すべてを貫くラジカル
なヒューマニズムであることから、これを運動の基調路線とする。
(二)人間尊重主義、ラジカル・ヒューマニズム路線(以下、RH路線)
は、生まれた社会での不幸を嘆くものであってはならず、したがって、現
実的に実行可能なことの実現を考える。つまり、政治・社会の資本主義的
問題についての対応が「教条的」でなくて「現実的」なものであるように
する。
(ホ)しかし、だからといって、すべての改良的問題を資本主義的視点か
ら見て、その解決を図るのではなく、労働者をはじめすべての社会的下積
みの人間の問題を、「資本の論理」ではなくて「尊重されるべき人間」の
問題として扱うよう要求する。
例えば、労働者の賃金が安ければ安いほど良いという「資本の論理」は、
けっして認めない。たとえ賃金の低いことが商品コストを低くしても、そ
れが商品コストを低くする方法のすべてではないことから、そのような主
張やそのような主張を前提とした、経団連のような主張に対してはゼネス
トを打ってでも謝罪、撤回させることを訴える。(マルクス資本論の教条
的理解を排す)
(ヘ)ロシア革命は、パンと平和のための革命といわれ、「生きられて、
安全」であることを動物的「生き物」の要求みたいに求めたと「誤解」す
る向きがある。だが、それはファシズム、社民やスターリン主義の論理で
あって、レーニンは、「人間だから、食べられて当たりまえ、命の危険が
なくて当たりまえ、省みられないのはトンデモナイこと」として訴えたと
思われる。これは、レーニンが労働大衆の「革命的積極性の培養」におい
て、労働者の賃金など直接的問題を主に取り上げることが革命的であると
錯覚し、自分たち以外の下積みの人間の扱いの「不当性」の問題も同じ人
間尊重の問題として対応することを理解しないメンシェヴィキと闘ってい
るからである。この「経済主義」や「自然発生性への拝跪」と闘う路線
は、官僚主義を排する上で決定的であろうと思われる。
(まあ、こんなとこですかね)
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レーニンのアナルコ・ボルシェヴィキ路線は、現実の行動として実践されたのか? という疑問がまずあるが。 投稿者:noiz 投稿日:
8月23日(月)10時54分21秒
しまださんの1〜6はまさにレーニンの「アナルコ・ボルシェヴィキ」路線
のように思う。すでに四月テーゼでレーニンは一定のアナキストの支持取
り付けに成功したわけですが(笑)、後でやったことを考えれば、いかにそ
れが単なるテーゼで簡単に反古にできるものであったかを認識しなければ
ならないでしょう。晩年にスターリンを警戒していたから<よりまし>で
あるとかそういう問題ではないわけですし。
お題目が、その通り実践されるのかという問題。結局革命ロシアが内実と
しては官僚が独自の階級形成を遂げて、その利益確保のための基本的な政
治路線が物化されたという批判は、トロツキストの分派からも出されてき
たし(ロシア=国資規定というものも出てきた)、すでに同時代的にもロ
ーザや、あるいは「トロツキスト派形成以前の左翼反対派」たるオランダ
−ドイツの左翼共産主義者(一部はのちに評議会共産主義派を形成)の潮
流からもすでにして出されてきたわけです。だが、世界のマルクス主義者
の多くが、マルクス−レーニン−スターリンを「信奉」し、こういう反対
派は「日和見主義」だのなんだのといって顧みられずにあった。
我々は歴史に生きる徒として、すでに自称「人民民主主義−共産主義」の
国家の群がどういう内実を持ってきたのかを踏まえた上で「ものを考え
る」ことをしなければならない。それであえて1〜6を言うなら、その可能
性を外部に向かって説得できるものでなきゃ、誰も見向きもしないでしょ
う。などと言ったところで、この掲示板が「なんの内部なんだ」って話に
なるが…。ネット環境が一定の大衆化を経ているのだから、まあ確かに秘
儀的な議論やっててどうするんだという偽悪ぶりっコKotetu氏の提起に見
るべきものがまったくないとも思わないけどね。(ただK氏の場合は登場
の方法に難ありで、削除されても仕方ないと思う)
軌道修正して蛇足をば。
付け加えて言うならば、ロシア革命でボルシェヴィキは破綻し、スペイン
革命でアナキスト(アナルコ・サンジカリスト)もまた破綻を来しまし
た。革共同全国委(いわゆる中核派)の野島は、スペイン革命を総括し
て、革共同全国委の内乱論を位置付けているが、彼の提起にしても、それ
はやはり「やっぱりプロ独が必要」というレーニン教義の再確認に他なら
ないわけです。で、その後の野島武装主義路線は、内ゲバ「主義」(これ
は主義じゃないと思うんだが)への理論的影響を確実に残した。(権力−
革マルとの二重対峙論とか) その評価をどうすんのかということもあ
る。それはまず前衛党ありきの武装論の総括如何とも関わってくるでしょ
う。このあたりのことに関しては小西誠さんがやってるようですが。
ここに書き込んでる皆さんはよく分かってらっさると思いますが、プロ独
とその武装の問題をめぐっては、なんかこうげっぷがでるような議論が過
去に何度も蒸し返されてきたはずです。妥当性をめぐっての疑問もたくさ
ん出されてきたでしょう。教祖や頭目達が風見鶏よろしく簡単に「葬送
派」に転向しやがったことを考えれば(ま、総括をしているんならまあそ
れも自由なわけですが、転向宣言が作文レベルだとつまらん※)、ぼくは
しまださんの率直な意見表明には敬意を持ちますが、、、、
※追記 別に総括してなくても転向は自由ですね 笑
それでも簡単にプロ独と国家武装の路線を提示されることに疑問を持ちま
す。なぜ人民抵抗−武装路線ではなく、国家武装なのか? そこが今一つ
分からないとこですね。アナがまた夢物語(抵抗権実践の大衆化という夢
想)を… と笑われるかもしれませんが。
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ていうか 投稿者:noiz 投稿日: 8月23日(月)10時26分19秒
わざわざ報告に来たくてしょうがないKotetuという人の承認欲求の旺盛さ
に食傷気味です。笑
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おはようございます〜。 投稿者:臨夏 投稿日: 8月23日(月)09時10分54秒
黒目さん>
全部了解しました。
以下、いくつかだけ。
>この本の47ページに
>「本当の自己を発見し、それを受け入れれば、セルフイメージは修正される」
>と書いてあります。サンマーク出版だし(W
わかりましたです。
>ちなみに私が一般的に「失礼」である事は、幾度も幾度も私自身が宣言
してきた事ではありませんか。
これはたしかにそうでした(笑
起きて、ここ修正せんならんな、思てたとこなんですわ。
>また、私は、私の主観を「客観性」の中に潜り込ませるといった、学者
がやるような器用な芸はようやりません。
これも傾聴しておきます。
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>しまださん 投稿者:黒目 投稿日: 8月23日(月)08時54分16秒
(1)~(6)について、「なぜ、そうでなければならないのか?」が全く示さ
れていないと思います。それはマルクスレーニン主義の体系内で、歴史は
そのように発展すると信じられたからだ、という事にすぎず、そしてその
ようには歴史は発展しなかった、という現時点において、それは批判に晒
されているのであり、その批判に回答するものでなければ、それは「信仰
告白」に過ぎないのではないかと思います。
マルクスなりレーニンなりがその後の展開を「予測できなかった」からと
いって、責められるべきではないという観点はありえますが、「その後ど
うなったか」を既にみている私たちは、その後おこったことを無視するの
では、責められて然るべきでありましょう。
つーか、学校の自治会みたいなせこい権力でも、いったん握ったら死んで
も離さないんだから、国家権力握った奴がなんでその国家権力そのものを
消滅させるような道を歩むのか、という問いであるわけですが。
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臨夏さんへの回答 投稿者:黒目 投稿日: 8月23日(月)08時46分31秒
1.表三郎がエライかどうかは知りません。「この人がエライ」と考える
のは、その人の立場性によってその相手は変わるものであって、「一般的
にエライ人」などというもんは存在しません。「マルクスエライ」と思っ
ている奴もいれば、「マルクスアホ」と思っている奴もいる。
そこで「師匠」というもんを想定し、それに師事するという形をとった人
がいるとすれば、その人にとってその師匠はエライもんではないのです
か?その師匠がハタから見たらアホにしかみえんもんであっても、その両
者の間の構造の中ではそういう事になりましょう。
わざわざえらくない凡人(だとその人が思っている人)を掴まえて「師
匠」にするてな話もあんまり聞きませんが。
2、
>「わたしの学習法」は、「終焉する」ようなものなのかどうか。
私はそういう構造を終焉させるべく、行動しています。
>事実、そのように、「本当の自分」て、書いてましたか?
この本の47ページに
「本当の自己を発見し、それを受け入れれば、セルフイメージは修正される」
と書いてあります。サンマーク出版だし(W
ちなみに私が一般的に「失礼」である事は、幾度も幾度も私自身が宣言し
てきた事では フよう ネや!迷惑や!
> M)@ふるさとさん紹介 の
押しつけ強化が行われてきました。まさにこの
反日とは? 投稿者 Fした。<