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世界経済の危機の本質と現局面


 世界経済の構造的矛盾と危機から、次の帝国主義世界支配の危機を展望する本論文は、今日、現に進行する日本資本主義の危機の本質をも見抜く視点を与えるものである。
 一九七九年四月、「第四インターナショナル」誌、第二九号に掲載された。

##一、はじめに##

@一九七○年代は明らかに、ドル支配を軸とした戦後世界経済の崩壊と危機の十年として経過した。一九七一年のドルショックと七三年の石油危機によって、米、EC、日本をはじめ主要先進国は戦後はじめての、そして最大の同時的不況に突入した。そのあと一九七五年を底に回復に向ったもののいまだに停滞と混迷をつづけている。そして今日もなお世界経済の構造的危機は一層深化しており、加速されている。

Aだが同時に、すでに十年近くを経過した一九七○年代の世界経済は、現在明らかに一つの転機をむかえている。まさに国際的規模での産業調整の段階をむかえているといってもよい。世界経済もまた一つの過渡期を経過しつつある。しかもそれはアメリカを中心とする政治・軍事的な、帝国主義的世界支配の再編として進行しつつある。

Bそれはすでに一九六九年のグアム・ドクトリンによるアメリカ帝国主義の世界軍事戦略の再編と結びついて展開されはじめていた。
 このアメリカの帝国主義的世界支配の政治・軍事的再編は、ベトナム・インドシナ革命の勝利によって強制されたと同時に、アメリカ経済とドル支配の危機の進行と密接に結びついていた。一九六八年のドル危機と金の二重価格制への移行(事実上の金兌換停止)とベトナムのテト攻勢によるアメリカの軍事的打撃と七九年のグアム・ドクトリンはまさしく一つのものであった。さらに七一年のトルショック(金兌制の完全な停止)と七二年のニクソン訪中もまったく一つに結びついたものとして、グアム・ドクトリンを軸とするアメリカ帝国主義の世界戦略再編の具体化にほかならなかった。現在ではこのように政治・軍事と経済とは非常に密接に絡みあっているのである。
 とくに七三年の石油危機によって加速された世界経済の構造的危機と、国際的経済秩序の再編過程をとおしてアメリカ帝国主義の世界戦略は、グアム・ドクトリン以降の基本的戦略をより一層純化されてきている。この間のカーターの諸政策はドルの経済的危機の深化を反映していると同時に、その危機の克服=アメリカの相対的地位(絶対的な全一的地位の回復は不可能)の回復にむけた政策として展開されている。

Cだがカーターの経済政策と世界戦略の再編は、不可避的に先進諸国内部とくにアメリカにおける労働階級への犠牲の転嫁なしにはすすめることができない。同時に、失業問題を背景にした先進工業諸国の保護主義的傾向をますます強めざるをえないし、帝国主義諸国間の利害の対立を一層尖鋭なものにせざるをえない。さらに多国籍企業の展開による国境の枠をこえた生産の社会化=国際化と、中進諸国の巨大な歪みをもったままの急速な工業化と「追い上げ」はこれら資本主義の一切の矛盾を極限にまで増幅し加速させていくであろう。

D今日の世界経済の危機は、左翼の中にまで広範にはびこっている資本主義の危機として問題をとらええない、没階級的な懐疑主義的見方とは逆に、資本主義固有の矛盾の極限的あらわれにほかならない。それは文字通り国境をあふれて国際的規模にわたって社会化され結合された生産と、資本主義的所有を基礎として数百の国境障壁によって寸断された生産諸関係との耐え難いまでのあつれきと矛盾の表現にほかならない。あらゆる問題がそこから発生し派生している。資源・エネルギー問題、食糧問題、南北問題、長期におよぶ生産の停滞とくり返される通貨危機、等々。

Eだがしかし、資本主義の歴史的崩壊が進行しつつあるとはいえ、資本主義は自動的に崩壊しはしない。労働者国家の政治的・経済的困難を背景としたスターリニスト官僚の反動的役割、とりわけ中・ソ対立と中国官僚の“反ソ親帝”外交路線は、危機にあえぐアメリカ帝国主義を下から支える役割りを果しつづけている。さらに先進工業諸国の労働運動における既成改良主義指導部=社民・スターリニストは、保護貿易主義の先頭に立って、いまや最も排外主義的な立場から労働運動の戦闘化を抑制している。

Fこのようななかで、SALT交渉を頂点とするカーターの政治・軍事戦略の再編は、最先端技術分野の多国籍企業を軸とした企業再編と結びついており、軍需市場の拡大にむけたより一層危険な賭けと結びついて展開されようとしている。
 本報告の「世界経済」については現在展開されつつあるカーターの世界戦略再編の経済的基盤を分析しようと試みるものであるが、そのまえにアメリカを中心とする戦後世界経済の歴史的構造とその矛盾について概括しておく必要がある。
 すなわち今日の資本主義の歴史的没落段階の特質と国際階級闘争の歴史的位置を明らかにすることが必要なのである。

##二、帝国主義経済の歴史的没落段階##
   ##一九三〇年代との決定的ちがい##

@今日の世界経済の危機が、戦後それを支えてきたアメリカ資本主義の危機に集約されていることはいうまでもない。それはIMFを中心としたドル体制の崩壊後もなおくり返されるドル不安と国際通貨体制の危機としてあらわれている。これこそ現代帝国主義の歴史的終焉を示すものにほかならない。つまり戦後世界経済を支えてきたドル支配が崩壊しているにもかかわらず、それにとって代るものは何もないということである。
AたしかにECの「新欧州通貨制度」(EMS)や日本の「円ブロック」形成への志向、OPECのドル離れは世界経済のブロック化への傾斜を示してはいるが、もはやブロック化の方向も不可能である。まさしくこの点に、今日のアメリカ経済の危機と困難があるといってよい。もちろん世界経済の統一性そのものは不可避的に崩壊せざるをえない。だが一九三〇年代のように危機への一つの対応策としてとられたようなブロック化の方向性はもはや不可能である。
 いいかえれば、アメリカ帝国主義にとって世界支配のための費用負担が自国経済を圧迫し、食いつぶしはじめているにもかかわらず、自国経済の利害のみを優先させて世界経済の危機から隔離し、救い出すことがもはやできないということである。その根本原因は、世界革命そのものの前進であり、労働者国家圏の拡大と生産力的強化そのものによってもたらされているのである。すなわちアメリカ帝国主義は、ソ連を中心とする労働者国家圏との対抗構造から身をひくことができないということと自国経済の防衛という二律背反的ジレンマにとらえられているのである。
B一九三〇年代にはこの点はおよそ問題にならなかった。
 イギリスにとっても、ドイツにとっても、アメリカにとっても、問題だったのは世界市場の帝国主義的争奪戦のみであり、そのかぎりでは経済の国際的均衡を破壊しても国内均衡を優先させ、自国の経済力を強化することだけが問題だった。
 実際に一九三〇年代の段階では、アメリカは国際均衡よりも国内均衡を優先させて、保護主義の高い壁の内側に閉じこもることができたし、世界経済の危機からアメリカ経済を切断して囲いこみ、庇護しえた。そしてこれが世界経済のブロック化を促進したのであった。その点で世界経済のブロック化は、イギリスを中心とした帝国主義の段階から、アメリカを中心とする帝国主義段階への移行の過渡期を表現するものであった。この世界経済のブロック化の時期を経過して、世界の富を独占的に集中し生産力を圧倒的に高めることができたのは、特殊な経済構造をもつアメリカのみであった。
 だがまさに、アメリカ経済が一九三〇年代から四〇年代にかけて、富を独占的に集中しえた特殊な構造こそが第二次大戦後の資本主義経済を再建し、復活させることができたのである。第二次大戦前には世界経済の構造的不均衡をもたらしたアメリカ経済の特殊な構造が、戦後経済の再建をになったのである。
 すなわちアメリカは、単純な工業国ではなく農業国でもある。工業生産物の大輸出国であると同時に、農産物の大量輸出国であり、そのうえ自給度が高く、したがって資本の大輸出国でありながら貿易収支においても巨額の輸出超過を示した。この点でイギリスと決定的に異なっていた。
 つまり戦後世界経済の再建をになったアメリカの圧倒的経済力というのはたんに生産力的優位だけではない。むしろこの生産力的優位そのものが、工業生産物の大輸出国であると同時に農産物の大量輸出国であり、自給度が高いという特殊な構造と表裏一体をなしていた。もしかりにイギリスのように食糧をはじめとする農産物のほとんどすべてを海外に依存しなければならないという構造であれば、どれほど圧倒的な工業生産力をもっていようとも、第二次大戦で疲へいし、荒廃しきった世界経済の再建をになうことはできなかった。
C戦後の世界経済は、まさしくこのアメリカの圧倒的経済力を背景にした巨額の輸出超過=貿易収支の黒字が、国際的財政支出、すなわち対外軍事・経済援助を中心とした帝国主義的世界支配のための費用をまかなっていくという構造のうえに再建された。ドルを基軸としたIMF(国際通貨基金)体制とは、この構造を保障する枠組みにほかならなかった。その点で戦後の世界経済は、はじめから労働者国家圏との対抗構造によって規定されていたと同時に、それを内部に構造化して成立したのである。だがいまや、アメリカ経済の防衛と、帝国主義的世界支配のための費用負担とはまったく両立しえなくなった。
 一九五〇年代から六〇年代にかけて、アメリカの経済的利害と、その帝国主義的国際体制とは、相互に重大な対立と矛盾をはらむことなく“調和”していた。つまりそれまでは、貿易収支の巨額の黒字を背景に展開されてきた国際的財政支出=ドルの非商業的支出こそが、ドルの信認を支えドルの循環を保障してきた。と同時にそれがまたアメリカの輸出と資本投下を支えてきたのであった。戦後においてはこのドルの供給は、戦前のように資本輸出の形をとった“商業的”支出によってではなく、大規模なドルの援助・供与=非商業的支出によって行われた。そしてこれは、ソ連を中心とする労働者国家圏に対抗する核軍事戦略に支えられた、対外軍事・経済援助の形をとってなされたのである。
 もちろんこの軍事・経済援助の形をとってなされた財政支出そのものが、アメリカ国内経済それ自身の中に構造化されてもいた。すなわちこの軍事的財政機構にうらづけられた政府支出としての「援助」「借款」は、アメリカ独占企業の商品輸出によってまかなわれるのであり、これが国家による受注とも結びついて、資本財部門に流れる需要と関連事業への波及をもたらし、既成の蓄積構造を強化し一層収益的なものにしたのである。
 ところが今日、まさにこのドル支配の基礎であった過大な国際的財政支出と巨額の軍事負担が、アメリカの国際収支を圧迫し、ドル支配を脅かす最大の要因に転化しているのである。しかもそれが、「反共軍事戦略体系」の展開としてなされてきたドルの政治的支出であったことによって、国内経済の景気循環的要素の必要に応じて縮少させることができない。現在のアメリカ経済の危機はまさにそのことによって増大させられているのである。
Dこのアメリカ帝国主義の現在のジレンマと経済危機をもたらしたものは、一つには、戦後とくに六〇年代後半以降におけるソ連邦の世界規模化してゆく臣大な軍事力の発展に表現される、労働者国家圏の拡大強化であり、ベトナム・インドシナ革命を頂点とする国際階級闘争のたえざる前進であった。あと一つは、資本主義固有の矛盾の展開それ自体によってもたらされた世界資本主義の不均等発展と、アメリカ経済の地位の低下によるものである。
 すなわち資本主義経済の不均等発展かがもたらした世界貿易構造の変化とアメリカのシェアの低下によって、それまでアメリカの国際的財政支出を支えてきた貿易収支の黒字が六〇年代後半から大幅に縮少し、七〇年代には赤字へと転化してしまったのである。
 だが問題なのは、アメリカの国際競争力の低下が何によってもたらされたかという点にある。これこそまさに戦後のドル支配を支えてきた軍事経済構造がもたらしたパラドックスにほかならない。つまり労働者国家圏に対抗した核軍事戦略体系を基礎として、対外軍事・経済援助というドルの支出を支えたのは、アメリカの戦時財政機構であり、産・軍複合的経済構造であった。その意味では戦後の世界経済はアメリカの軍事経済によってになわれたのだといってよい。一九四九年のNATOの設置から朝鮮戦争を契機にして、両体制間の軍事的対立構造が世界経済の中に構造的に定着していったのであり、朝鮮戦争以後のアメリカの経済においては、「“平時”においても軍事支出がGNPの一〇%前後、連邦財政支出の六〇%前後を占める準戦時体制が恒常的に定着した」のであった。
Eこのアメリカの産・軍複合経済をとおして戦後のたえざる技術革新が保障され、アメリカ経済の卓越した技術的優位が保たれてきた。また、軍需産業部門で開発され、そこから民需部門へ移転される技術革新と、そのヨーロッパと日本への伝播の過程で、ECと日本の経済復興をまったく新しい技術的基礎のうえで可能にし、重化学工業化を推しすすめたのであった。
 まさにそのことの結果として、今日ECと日本は重化学工業部門においてアメリカを上回る国際競争力を獲得してきたのである。いまや自動車、鉄鋼、電機・輸送機械等の在来産業部門において、この間アメリカの国際競争力は急速に低下してきている。
 一九五〇年代のアメリカは、航空機、事務用機器、通信機械といった知識集約度の高い分野だけでなく、一般機械、電気機械、輸送機械、化学品といった、中位技術分野の在来型産業においても絶対的に優位な競争力を保っていた。これらの分野における五七・六億ドルの黒字は、日本、イギリス、西ドイツ三ヶ国の合計五七・七億ドルに匹敵していた。
 ところが六〇年代になると、鉄鋼、鉄鋼製品を含む工業用原材料だけでなく、自動車、部品、および電気機械等の輸入が大幅に増大し、それらの各分野において赤字が増大していったのである。六〇年代末になるとアメリカは、知識集約度の高い分野ではあいかわらず競争上の優位にあるが、中位技術分野の在来製品では、日本、イギリス、西ドイツのいずれをも下回るところまで競争力を低下させてしまった。
 これは結局、アメリカの軍需生産と結びついた技術開発が戦後の工業製品市場を拡大してきたものの、中位の技術分野に関してはすでに民間設備投資等と結びついて日本やEC諸国に伝播され、それら諸国の技術革新を促進してきた。その結果、これらの国とのその分野での技術格差は大幅に縮少していった。他方それにたいして、賃金格差の方はアメリカにおけるインフレの進行と結びついて、技術格差の縮少ほどには縮まらなかったために、アメリカの輸出競争力を低下させてしまったのである。こうして一九六〇年代に急速にすすんだアメリカの貿易面での地位の低下は、中位技術分野の在来型産業での国際競争力の低下によってもたらされたものであった。
 それによる赤字幅の増大をカバーしてきたのは、知識集約度の高いエレクトロニクス機械・部品などの資本財と、民間航空機・部品の輸出の増大であった。だが六〇年代後半から七〇年代に入ると、それをカバーしきれなくなったばかりか、逆に資本財の輸入もかなりの伸びを示してきた。
 軍需と結びついた宇宙、原子力などの最先端分野に関して、アメリカ政府が投入した研究開発費はOECD十ヵ国の九二・八%の比重を占めた圧倒的優位にある。ところがこれらの分野の商品がアメリカの総輸出に占めるシェアは極めて小さい。また航空機、電子計算機などのような知識集約度の最も高い分野での輸出をみても、OECD十ヵ国の製造工業品(食糧品を除く)の輸出に占めるそのシェアは……六九年でも一一・三%にすぎない。このように宇宙、原子力のような最先端分野や、航空機、電子計算機、精密機械のような知識集約度の高い分野では、あいかわらず圧倒的優位を保っているが、中位技術分野の競争力の低下をカバーすることができないでいる。すなわち、宇宙、原子力といった技術の超先端分野が、世界市場において占める比率はいまのところ極めて小さいし、また航空機、電子計算機といった知識集約度の高い分野の輸出の伸びも、在来産業部門での輸出の低下をカバーしきれないだけでなく、今日、まさにこの分野で日本、ECの「追いあげ」がめざましく激烈な競争が展開されはじめているのである。そればかりでなく、西ドイツやフランスにおける原子炉および周辺設備の輸出はかなり目立っており、アメリカが絶対的優位を誇ってきた最先端技術の分野においてさえ、テクノロジー・ギャップはなくなりつつあるかにみえる。
Fこのようななかで、アメリカは軍需部門と結びついた巨額の技術開発投資をもってさらに高度な技術開発を行い、それによって新たな市場開拓の展望を見出すことができるだろうか。事態はむしろ逆の展望を示している。
 すなわち今日の軍需部門と結びついた巨額の技術開発投資は、アメリカの民需産業部門に移転され、技術格差を一層高めるうえではもはや役立たなくなっているのである。「今日の軍需部門と結びついたところで生み出される、在来産業と隔絶した技術体系はもはや一国の経済構造の中には定着しえず、民需的在来的な再生産の外にある消耗にほかならないものになりつつある。それは文字通り“地球”を爆破するような戦争か、もしくは『世界社会主義合衆国』でなければ使いものにならないしろものである」(「第四インターナショナル」誌26・九七頁)。
 それはまた、現在のアメリカ経済にとって対外的軍事支出その他の国際的財政支出とともにインフレを促進し、アメリカ経済を圧迫する最大の要因に転化しつつある。これこそまさに戦後のドル支配を支えてきた軍事経済構造がもたらしたパラドックスにほかならない。
 かくして今日人類が到達した科学技術の成果を現実の生産力に転化するためには、全地球規模における経済の結合と単一の合同計画経済を基礎にする以外には考えられない。
 とはいえ、国際大衆運動におけるスターリニスト、社民――既成改良主義指導部の限界と国際的な革命指導部の未成熟のもとで、「世界社会主義合衆国」の実現が困難をともないつづけるかぎり、アメリカを筆頭とする帝国主義は、“地球”を爆破するような戦争への危険な賭けに、彼らの利潤の源泉を見出そうとしている。
 グアム・ドクトリン以降、現在のSALT交渉にいたる、アメリカ帝国主義の世界軍事戦略の再編にむけた一連の動きは、多国籍企業のイニシアティブによる世界経済の構造的再編とも結びついて、まさしくその危険性を示しているのである。

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